次の日。朝起きて一番に水槽の中で漂う秋雄に挨拶をする。そして、昨日駅前のペットショップで買った金魚用の餌をあげる。勢いはないものの、小さな口でパクパクと懸命に食べている姿にホッとした。
 __秋雄は、生きようとしている。
 ならば奇跡が起こるかもしれない。
 以前の私なら、そんな言葉を信じてみようとも思わなかった。だけど秋雄が幽霊になって現れたことが、紛れもなく奇跡だから。今の私は信じると決めた。

「秋雄。頑張ろうね」

 水槽をツンと人差し指でつつくと、ゆっくりと近づいてくる姿に出会ってまだ一日だというのに既に愛着が沸いてしまった。
 両親は昨日、子供のように金魚を連れ帰った私に呆れたような顔をしていたけれど無理もないと思う。
 サボテンすら枯らす私が、何か生き物を育てることなど不可能に近い。だけど諦めたくなかった。

 私は必死になってネットで金魚の飼育方法を調べた。そして昼になると自転車を走らせ、駅前のペットショップで酸素ポンプとカルキを抜く液体を購入した。そして家に戻り早速試してみると、水面を漂うだけだった秋雄が何だか嬉しそうに泳いでいるように見えた。

「今日は忙しいわね」

 午後になると、今度はお洒落をして家を出ていく姿に母が苦笑する。
 今日は淡い黄色のワンピースに白いカーデを羽織り、薄く化粧を施した。

「ちょっと、用事があって」

「そう。気をつけてね」

 玄関脇に停めてある自転車に跨がると農園にいた父に手を振り、なだからかな道をお決まりの雄叫びを上げながら下る。国道には、ギラギラとした太陽がアスファルトの上に蜃気楼を映し出す。まるで水面の上を駆け抜けるように、私は軽快にペダルを漕いだ。

「秋雄ー!」

 土手に生い茂る青々とした芝に寝転ぶ姿を見つけた。

「お! ナツ!」

 上半身だけ起こすと、黒いTシャツに黒いデニムという出で立ちの秋雄が両手をぶんぶんと振っていた。