「私も、この子が元気だったら返してた。でもこの子は弱ってる。それなら、最後ぐらい外の世界を見せてあげたいなって思ったの」

「……ナツ」

「外の世界がどれだけ綺麗か知らないままなんて悲しいから」

 秋雄が私に教えてくれたように、私もこの子に教えてあげたい。この世界は、割りと綺麗だということを。

「この子の名前、秋雄にしてもいい?」

「え?」

「だって、秋雄の髪色に似てるし」

 最初から、そのつもりで選んだことは秘密だ。

「殺すなよ?」

 そう言った秋雄は、どこか照れたように金魚と同じ色をした髪を掻いている。

「大事にするよ」

 __この金魚も。
 __今日の思い出も。
 何だか今更照れ臭くなった私は、秋雄より一歩前を歩きながら身体をグッと上に伸ばす。

「さーて。喉が渇いちゃったから何か飲もうかなー」

 振り返ると、私はまた突然夢から覚める。

「……消えちゃった」

 さっきまで賑やかだった世界が煌めいていた世界が、秋雄がいないだけで色褪せた寂しい世界に見える。

 __本当。別れはいつも突然だ。

「帰ろうか」

 透明な袋に入った秋雄にそっと声を掛けると、私は駅前で金魚を飼う為の水槽を購入した。そして自転車の前のカゴに秋雄を入れると、家までの道のりをゆっくりとペダルを漕いでいく。まだ湿気の残る夜風が、身体にへばりつき煩わしい。
 帰ったら、すぐにシャワーでも浴びよう。と、いきなり現実的なことを考えている自分が何だか無性に虚しかった。
 __秋雄がいないことが当たり前だった。
 __それが私の現実だった。
 なのに幽霊になった秋雄が現れるようになって、私はまた隣にいられる幸せを味わってしまった。そして同時に、再び喪う哀しみをこれから味わなければならない。
 涙が頬を伝った瞬間、藍色のベールの上を金色の光が滑り落ちる。

「……流れ星」

 思わず足を止めると、私はそっと心の中で祈る。
 __明日も、秋雄に会えますように。
 零れ落ちる涙を農協の人達からもらった手拭いで拭うと、私はまたペダルをゆっくりと漕ぎ始めた。