「ナツ。今だ」

 紅色の金魚が尾びれを翻しながら私の元へと近づいてくる。その瞬間、水平にしたまま素早く水の中に網を入れると端の部分に金魚を乗せる。そして、そのまま紙皿に移すとポチャンッと水面の揺れる音が響いた。

「やったな! 人生初金魚だ!」

 いつの間にか隣にいた秋雄が興奮気味に声を出す。確かに、生まれて初めて金魚をこの手で掬ったのだけれど……。

「少し生きが悪いね」

 おじさんが受け皿の中にいる紅色の金魚を残念そうに眺めている。
 やっぱり、私に掬われてしまうなんて何かしら問題があるとは思ってはいた。紅色の金魚は皿の中で泳ぐというよりも漂っているように見えた。

「他のに変えてあげるよ」

 そう言ってくれたおじさんに私は静かに首を横に振る。

「この子がいいです」

「ナツ。戻さないのか?」

 隣で驚いている秋雄を無視しておじさんに金魚の入った受け皿を渡すと、金魚は水の入った袋に入って私の手元へと戻って来た。

「大事にしてやってね」

「はい」

 おじさんに頭を下げると、私は屋台から外に出て祭りの灯りに金魚の入った袋を掲げる。すると、光によってより色濃く見える赤はやはり秋の色に似ていた。

「お前、何で返さなかったんだよ」と、不服そうな秋雄に分かりきった質問をする。

「秋雄は、掬った金魚をどうしていつも返してたの?」

 すると口を尖らせながら小さな声で答える。

「そりゃあ、ズボラな俺が育てたら長生きさせてやれないだろうし」

 昔からどんな命も大切にしていた秋雄が、どうして金魚を掬っても返してしまうのか幼い頃から私は気づいていた。
 適当なようで思慮深く、常に心の真ん中には自分の答えを持っていた。そんな秋雄を、昔から尊敬していたことは本人には内緒だけれど。