「そ、それだけは嫌だ」

「何で」

「あんたが一番、私の踊りの下手さを知ってるでしょ!」

「でも、昔は一緒に踊ってたじゃないか」

「あれは、秋雄が無理やり!」

「でも、何だかんだでいつも楽しそうだったじゃないか」

 それは「秋雄が一緒だったから」と、いうことに本人は気付いてはいない。

「この歳で、そんなの恥ずかしいよ」

 お決まりの口癖に秋雄もお決まりの口癖で返す。

「あーあ。大人ってつまらないなー」

 つまらない。と、いうより常識や世間体の水槽に入れられた金魚のようで大人は実に息苦しい。

「ここは、大人のお手並み拝見といこう」

 何を思い立ったのか秋雄は突然走り出すと、列をつくり踊る人達に向かって大きな声で叫ぶ。

「農協の皆さん! お久しぶりです!」

 サッと血の気の引く感覚を覚えながらも、私は食べ終えたゴミをちゃんとゴミ箱に捨ててから秋雄の元に走り寄る。

「は、恥ずかしいからやめてよ!」

 その瞬間、列に混じって踊っていた見覚えのある人達が一斉に振り返る。

「おや? 小林さんの所の夏実ちゃんじゃないかい?」

「あら。本当だねえ」

 みんなそれぞれ林檎農園を営む方々で、その中の融資が集まってびんずるに参加していることは知っていた。幼い頃からの顔見知りだけれど、普通にしていたら見つからなかったものを……。と、恨めしそうに秋雄を睨んだ瞬間その姿が私にしか見えないことを思い出す。
 慌てて止めに入らなくとも、最初からその声は誰にも聞こえてなどはいなかった。どうやら、秋雄の策略にまんまと嵌まってしまったようだ。

「久しぶりだね。綺麗になって」

「せっかくだから、踊ろう」

 周りに人が集まってくる。

「いや、私は」

「はい。しゃもじね」

 両親と同じ世代のおじさんとおばさんに囲まれ、私は渋々両手にしゃもじを握る。助けを求めるように横にいる秋雄を見ると、楽しそうにニヤリと笑っている。
 ……もう!こうなったら見てなさいよ!
 カーデガンの裾を捲ると私はおじさんとおばさんの後ろで、見よう見まねで踊りだす。しかしそんな姿を少し離れた所から、秋雄が腹を抱えて笑っているのが見える。