__時刻は十七時半。
 セントラルスクエア前に到着すると、秋雄が現れるのを静かに待つ。
 心臓がトクトと大きく波を打つけれど不快ではない。今の私にとって「秋雄に会える」と、いう事実がただ嬉しい。

「お姉さん一人?」

 突然のナンパにムッとしながら顔を上げると、目の前には写真と同じ紺色の浴衣を着た秋雄がいた。

「よう」

 目を細めると、私の爪先から頭の天辺へと視線を滑らせる。

「浴衣じゃないんだな」

「サイズが合わなかったの」と、笑って誤魔化す。実際に身長が伸びたから過去の浴衣を着ることは難しい。しかし、それよりも思い出と共に箪笥の奥にしまった浴衣を簡単に引っ張り出すことはできなかった。

「確かに、ナツが成長してる」

 秋雄は隣に並ぶと細いのにしっかりとした肩が私の肩を貫通した。
 __トクン。
 大きく跳ねる心臓に戸惑いながらも熱を持った頬を隠すように俯く。

「今日、頬に赤いの塗りすぎじゃねえ?」

 秋雄が果てしなく鈍感だったことを思い出し、溜め息が漏れた。当然、私の心中など気づくはずもなくただ不思議そうな顔をしている。

「……何でもない」

「そうか? それより、本当にナツの身長が伸びてる」

「二十歳の朝飯前まで伸びたの」 

 昔は秋雄の肩辺りに頭があったのだが、今では耳元の上まで伸びている。秋雄は暫くジロジロと私のことを観察すると、ふと優しく微笑んだ。

「今日はさ、ナツの浴衣姿を楽しみにしてたんだけど。その姿も可愛いから満足だわ」

 __可愛い。
 何でもないように口にした言葉を、過去の私は一度たりとも聞いた覚えはない。

「何か、変わったね。昔はデートとか。可愛いとか。言ってくれたことなかったじゃない?」

「……ああ」

 すると秋雄は珍しく口元だけで柔く微笑む。

「だって、後悔したから」

「え?」

「俺は俺なりに後悔してるんだ」

 まさか超絶ポジティブ人間の秋雄から「後悔」と、いう言葉が出てくるとは予想もしていなかった。だから何も言えずに佇む。
 __私達の別れは突然だった。
 その後悔は、私一人だけが抱えていると思っていた。