「夏実」

 ハッと目を開けると、母が眉間に皺を寄せていた。

「起きてこないから死んでるのかと思ったじゃない」

 カーテンの外からは紅色の光が差し込んでいる。うつらうつらしていたつもりが、どうや爆睡してしまったようだ。

「夜眠れなくなると困るから、散歩がてらに「びんずる」でも行ってくれば?」

 その言葉に私はベッドから飛び起きる。

「い、今何時!?」

「四時過ぎだけど」

 訝しげな顔で答えた母はそのまま部屋から出て行った。

「……セーフ」

 危うく遅刻する所だった。と、安堵の溜め息を吐きながら洗面を済ませると少し跳ねた髪を櫛でとかす。
 もし、秋雄と過去の写真が関係しているとしたら今日現れる場所は……。
 __セントラルスクエア前。
 長野市の中心市街地。普段は有料駐車場となっているその場所は、沢山の屋台や縁日が立ち並ぶ屋台村となる。
 九年前の今日。私達はそこで待ち合わせをして写真を撮った。時間は凡そ十七時半頃だった。

 部屋に戻るとキャリーバッグから取り出した白い踝丈のワンピースに着替える。藤色のカーデガンを羽織り鎖骨まである髪をハーフアップにし化粧は薄めに施した。

「よし」

 リビングに顔を出すと、おめかししている私にキッチンで夕飯の支度を始めようとしていた母が首を傾げる。

「誰かと待ち合わせ?」

「ううん。一人。久しぶりにちょっとびんずるでも見てくる」

「なら、途中まで送ろうか?」

 本当は秋雄に会いに行くのだけれど、さすがに言えるはずもなく私は母の申し出に首を横に振る。