「乗りたいに決まってるじゃない」

 他人の目よりも、今秋雄が目の前にいるこの瞬間を大事にしたい。
 __この瞬間が消えてしまう前に。この瞬間を失ってしまう前に。

「よし! なら早く来い!」
 
 秋雄は嬉しそうに笑っている。私はなんとか荷台に這い上がると、空の収穫コンテナを逆さまにしてその上に立つ。すると少し高くなった視界からは農園が一面に見渡せる。
 目の奥が痛くなる程の真っ青な空。海のように広がる緑色の木々。風に揺れるのは燃えるような紅色の林檎。
 これが、子供の頃に見ていた私の世界。

「綺麗。ねぇ、秋雄も。って、あれ?」

 この景色を今すぐ共有したい。なのに、先程まで隣にいたはずの姿が忽然と消えていた。いくら辺りを見渡してもどこにもいない。

「夏実。そんな所で何してるんだ?」

 空になった収穫コンテナを抱え、不思議そうな顔でこちらを見ている父。正気に戻った私は、すぐに軽トラの荷台から飛び降りる。

「ちょ、ちょっと、久しぶりに乗ってみたくなってさ」

 笑って誤魔化す私を、父は懐かしそうに目を細めながら見つめていた。

「昔は、父さんの目を盗んで秋雄と一緒に乗っていたっけな」

 その秋雄が先程までここにいたなんて父には言えない。私以外に見えない以上、存在する証拠はない。それに消えてしまった今、私自身もわからなくなっている。
 秋雄の存在が夢か現実か。
 いつも過ぎ去った時間は、現実味を失い記憶の中に映像として残る。まさか白昼夢でも見ていたのだろうか。
 だけど鼓膜の奥にはさっきまで隣にいた秋雄の声が山びこの如く、何度も何度も響いてはこの心をトントンと優しく叩く。