「ナツー!」

 顔を上げると、いつの間にか遠くにいた秋雄がこちらに向かって両手を大きく振っている。
 相手は幽霊だ。過去の人だ。私とは別の次元の人だ。そうわかりながらも、その壁を越えたいと思う。

「待ってよー!」

 あの頃のように秋雄の元まで駆けていく。しかし情けないぐらいに息が上がる姿に苦笑いを浮かべながら、秋雄は農園の端に停めてあった父の軽トラの荷台に飛び乗った。

「ナツも来いよ」と、そんな簡単に言われても大人には勇気がいる。

「誰か来たら、恥ずかしいから嫌だ」

「は?」

「荷台で何してるの? って、話になるでしょ」

 すると秋雄はまた大きな溜め息を吐きながら「つまらない」と、呟く。その言葉に若干カチンとくる。

「秋雄は、いつから「つまらない」が口癖になったわけ?」

「それを言うならナツの方こそいつから「恥ずかしい」が、口癖になったんだよ?」

「そ、それは。大人になると恥ずかしいことが増えるの!」

「本当に?」

 硝子のような綺麗な瞳が、この心をそっと覗き込む。

「ナツが「恥ずかしい」って思ってることは、本当に恥ずかしいことなのか?」

「そ、それは」

 “__大きな声で呼ばないでって言ってるでしょ? 恥ずかしい”
 私の名前を呼ぶ母の声も。
 “__お父さん。迎えに来るなら着替えてよ。恥ずかしい”
 忙しい農園の仕事の合間に迎えに来てくれた父の格好も。
 “__首に巻くのは恥ずかしいから嫌”
 汗を拭う為の手拭いも。

 __本当に恥ずかしい?

「……大人は他人の目を気にしないといけないの」

 まるで自分に言い聞かせるように呟いた言葉が、頼りなく地面へ落ちていく。
 溢れないように。省かれないように。波風立てずに生きていくためには、他人の価値観に合わせ大衆に紛れ息を潜めていた方がいい。それは生きていく為に学んだ術だ。