「食べることは生きている証拠。食べられることは豊かな証拠。健康な証拠。食べれる環境に感謝しろよ」

「そ、そんなのわかってるよ!」

 そう咄嗟に答えものの「本当に自分はわかっているのだろうか」と、改めて考える。
 食べることが当たり前で。食べようと思えばいつでも食べれる状況が当たり前で。その当たり前のことを私は果たして感謝しているのだろうか。
 食事の時間を無駄だと思ったり、太ることを恐れ食事をしなかったり。そんな私は本当に秋雄の言葉を理解しているのだろうか。

「今もちゃんと手を合わせて「頂きます」してるか?」
 
「……それは」

 黙ってしまった私に秋雄は悲しそうな顔をする。

「つまらない大人でも、それだけは忘れるな。命を頂いてるんだから」

 農家の多いこの長野に生まれ。自分も農園の娘として生まれ。そんな私は幼い頃から教えられてきた。
 __命を育て命を頂く。そうして私達の命が繋がっていくこと。
 しかし思い返せば、いつから食事の前に手を合わせなくなってしまったのだろう。「頂きます」「ごちそうさま」と、命を頂くことへの感謝の言葉を忘れてしまっていたのだろう。

「俺は、ナツが飯を食ってる時の幸せそうな顔が好きだった」

 この日差しにも負けないぐらいのキラキラと輝く笑顔は今の私には眩しすぎる。
 __好き。
 死んでから言われても嬉しくない。それに「だった」なんて、私がもう秋雄の好きな私ではないと言われたようで胸がチクリと痛む。
 実際、現在の私と秋雄の間には九年という厚い壁がある。そして秋雄が好きだった私は、その厚い壁の向こう側にいる。