何故、この人は私の家を知っているのだろう。そして、何故私にしかこの人の声は聞こえないのだろう。グルグルと思考を巡らせているとソックリさんが笑顔を見せる。

「まあさ。驚くのも無理はないけど、単純な名前同士でまた仲良くやろうぜ?」

 ヘラッとした締まりのない顔を私はよく知っている。そして……。

 “__単純な名前”

 その言葉がまた一つ。記憶の奥底に眠っていた光景を甦らせる。
 あれは幼稚園の時。秋雄と初めて会話した時のことだ。

 “__俺、北村秋雄(きたむらあきお)。お前は小林だろ?林檎農園やってるから知ってる。下の名前は何て言うんだ?”

 “__夏実……”

 社交的な秋雄とは正反対な私は内向的で他人と話すことが苦手だった。だから名前だけ答えてその場から離れようと思った。だけど秋雄は、私の名前を聞くなりチャームポイントの八重歯を覗かせながら微笑んだ。

 “__お前。まさか夏生まれ?”

 “__……そ、そうだけど”

 “__俺は、秋生まれだから秋雄。はは!俺達の名前って単純だな!”

 そして秋雄は、今と同じように締まりのない顔で私に片方の手を差し出した。

 “__まあ。単純な名前同士で仲良くやろうぜ?”

 その言葉がきっかけで私達は仲良くなった。単純な由来からコンプレックスだった自分の名前。同じように単純な由来でつけられた秋雄の名前。無意識に仲間意識が生まれたのを覚えている。
 それからというものの家が近いということから一緒に遊ぶようになって、小学生になった頃には朝の弱い秋雄を遅刻させない為に一緒に登校するようになった。林檎の好きな秋雄は、よくうちの農園に遊びに来ては父と母の仕事を楽しそうに手伝ってくれた。

「ナツ?」

 ハッと顔を上げると目の前には十二歳の姿の秋雄がいる。そしてこちらに手を差し出している。
 この人は、二人しか知らないことを知っている。だけどまだ、断定するには証拠が足りない。