「おーい」
 
 突然、玄関の方から大きな声が聞こえた。

「おーい!」

 誰かを呼ぶようなその声に急いで部屋を出ると、私はリビングを覗き込む。どうやら父は農園の仕事に出かけたようで、母が一人ソファーで座り寛いでいた。

「ねえ。お客さんじゃない?」

「え?」

「玄関から「おーい」って」

 すると、首を傾げていた母が突然クスクスと笑い出す。

「テレビの音じゃないの?」

 リビングにある大きなテレビには朝の情報番組が流れている。だけど私が聞いたのは話し声ではない。確かに誰かを呼ぶ声だった。それに、あの声は……。

「ナツー! いないのかー?」

 ビクッと肩を震わせる私に気づかずに、母は笑いながらテレビを観ている。どうやら、この声は私にしか聞こえていないようだ。
 早くなる自分の心臓の鼓動を聞きながら、忍び足で玄関へと向かう。扉の硝子格子に薄らと揺れる人形のシルエットを眺めながら、こんなことがあり得るのだろうかと考えているとまた名前を呼ばれた。

「ナツー! ナツってばー!」

 このままでは私の頭がおかしくなりそうだ。意を決して玄関のサンダルを履くと、生唾をゴクリと飲み込む。そして一度大きく深呼吸をすると勢いよく扉を開けた。

「よ! 昨日ぶりだな!」

 玄関の外には、写真と同じ学校指定の紺色のジャージを着た秋雄が片手を上げて立っていた。

「はは! その頭!」

 呆然とする私に向かい指をさすと、ソックリさんはお腹を抱えながらゲラゲラと笑い出す。頭に巻いたままのタオルの存在を忘れていた私は、急いで手にとると生乾きの髪を優しく撫でる風に正気を取り戻す。

「な、何でここにいるの!?」

「ん? ナツに会いに来たに決まってるだろ?」

 その答えに身体の力が抜けていくのを感じた。