「……秋雄?」

 頭を垂らしていた俺は懐かしい声に顔を上げる。すると目の前には中学の制服を着た十二歳のナツが立っていた。

「あれ? 私……」

 戸惑いながら眠りについた自分の姿を目に映すと、全てを理解したのか静かに微笑んだ。

「……お別れなんだね」

 少し寂しそうな顔をするナツにそっと近づくと、やっと触れることのできる身体を抱き締める。

「私、頑張ったでしょ?」

「ああ。ずっと見てたよ」

「知ってる」と、笑ったナツは俺から身体を離すとこの手をきつく握りしめる。その薬指には、あの日と変わらぬ光を放つ指輪が嵌められていた。

「……幸せだったか?」

 これは俺自身が望んだ結果。
 しかし歳月が流れていく程に罪悪感を覚えていった。
 ナツが悲しい時。苦しい時。姿を見せることもできない俺は言葉で励ますことも、抱き締めて支えてやることもできなかった。
 そして思ってしまった。
 俺が幽霊になって現れなければ、ナツは「それなりの幸せ」でも一人になることはなかったのではないかと……。

「当然。私は世界一幸せだった。みんながいて何より秋雄が側にいてくれたんだもの」

 しかし、その嘘のない笑顔に気づかされる。
 どうやら俺は身体はそのままでも思考だけは歳を取っていたようだ。そして心の自由を失っていた。
 例え他者が俺の執着と未練という感情を「愛情」ではないと批判しても。例え幸せとは程遠い関係だと否定しても。幸せには色々な形がある。その形を決めるのは他人ではない。俺とナツだ。

「俺もナツの側にいられて世界一の幸せ者だ」

 例え触れられなくても。言葉を交わせなくても。ナツを想いナツに想われ過ごした日々は間違いなく幸せだった。