「私は秋雄じゃなければダメなの。でも啓太は、そんな無理をしてでも私がいいの? 私じゃなきゃダメなの? 本当の私じゃなくて繕った私が好きなのに。そこまでして結婚したいと思うの?」

 真っ直ぐ、その瞳を見つめると啓太は開きかけた口を閉じる。
 きっと本人だって薄々気づいていたに違いない。それでも、無理をしていたのは「それなりの幸せ」を手に入れる為。今までの私と同じだ。
 だけど「それなりの幸せ」ならば恐らく他の人とでも手に入る。

「妥協したくないって気づいた。だから、それなりの幸せならいらない。秋雄と一緒に秋雄の好きな農園を守りたい。みんなと一緒に、この町で生きていきたい。それが私の一番の幸せなの」

 私は一度息を吸い込むとゆっくりと吐き出す。

「だから、ごめんなさい。啓太とは結婚できない」

 頭を下げると少しの沈黙が流れる。そして啓太がゆっくりと口を開く。

「……確かに俺は安定した幸せが欲しかっただけなのかもな」

 私もきっと、秋雄と出会い秋雄を好きになることがなければ「それなりの幸せ」で、満足できていたと思う。
 でも本当に好きな人と想い合える幸せを知ってしまったら「安定した生活」や「それなりの幸せ」のような条件だけと結婚することは難しい。

「……私達は求める幸せの形が違ったんだと思う」

 柔らかな風が、そっと二人の間に流れていく。
 もっと、早く自分の幸せの形に気づけていた良かった。腹を括れば良かった。そうしたら啓太を巻き込まずにすんだのに……。

「正直、この歳で夢ばかり見てる夏実には引いた。でも、そこまで真剣な顔をされたらもう俺は否定できない」

 __引いた。
 そう言われても、傷つくことはない。だって他人の意見ではなく、幸せとは自分自身の心が決めることだから。
 __私の幸せは私のものだ。