「確かに今更自分勝手だと思うけど、両親は私の幸せを第一に望んでくれている。なら、その言葉に一度甘えさせてもらってこの場所で生きてみようと思う」

「まさか農園でも継ごうと思ってるのか?」

「うん」

 即答した自分自身に驚く。だけど、まだ見ぬ未来が色づいていくのがわかる。

「手伝いもしたことないのに無理だろ?」

 今までの私なら啓太と同じことを思っていた。だけど……。

「やる前から結果を決めつけたくないの。保証はないけどやってみなければわからないから」

 すると呆れたような顔をしながら大きな溜め息を吐く。

「夏実だっていい歳なんだからさ。俺と結婚した方が安定じゃないの?」

 __安定。
 あれだけ望んでいたはずの言葉に今は何の魅力も感じない。
 生きている限り「遅い」ことはないと思う。覚悟さえあれば何でもできる。何にでもなれる。

「私には一人で生きる覚悟も啓太と生きる覚悟もない。でも心の中の秋雄と生きる覚悟ならある。優柔不断で臆病な私が、唯一腹を括れることなの」

「可笑しいよ。冷静になった方がいい」

 嘲笑う啓太の瞳には今の私が奇妙で、つまらない私がまともに映っているのだろう。だけど……。

「これが本当の私。啓太の前では、ずっと無理して繕ってきた」

「無理するは当たり前のことだよ。俺だって夏実の両親と上手くやる為に、無理して慣れない農園の仕事を手伝ってみたんだぞ?」

 __両親と上手くやる為。
 薄々気づいてはいた。啓太にとって私の両親と付き合うことも、農園の手伝いをすることも、無理をしないとできないこと。
 私だって啓太の両親と、無理をしないと向き合うことができないのだからしょうがない。
 だけど秋雄は農園の手伝いが好きだった。両親のことを自分の親のように慕っていた。
 こうやって私は誰かが隣にいる限り、その誰かと秋雄を比べ続ける。
 ならば誰もいらない。秋雄以外を求めない。