「もう、つまらない大人にはなりたくないの。自分の信じたい答えが歳相応でなくても、私が幸せならそれでいいんだと思う。だから信じてみる。姿が見えなくても、秋雄が側にいてくれるって」

「そんな非現実的な子供染みた発想はやめろ」

「だから、それじゃつまらない」

 一度、口にしたら止まらない。
 「常識」とか「歳相応」とか。そんな言葉の鎖にもう縛られたくない。

「私は他の誰でもなく秋雄に側にいて欲しい。なら、いると信じるしかない。信じれば私はこの世界で生きていける。啓太と結婚することは、秋雄がいないことを認めることと同じなの」

「彼は亡くなった。いないことが現実だ」

 啓太の言葉は、どこまでも正しい。だけど私が求めているのは正しさという息苦しい現実じゃない。例え非現実だろうが秋雄のいる優しい世界なんだ。

「理想だけでは生きてはいけない。だけど現実は、お腹は一杯になるけど心が死んでいく。秋雄がいない現実で私は生きていけない。だから生きる為に都合良く捉えちゃいけないの? それは現実から逃げてるの? 甘えなの?」

 秋雄が側にいてくれる。
 その想いは、唯一の生きる糧になる。

「もう、好きなものも食べずに他人の目ばかり気にするのは嫌だ。生きたい場所で、生きたい人達と支え合って生きていきたい」

「そんなの自分強がりだ、両親のことはどうするんだよ?」

 そうやって両親のことを気にかけてくれる啓太を、以前の私なら理想の婚約者だと思ったに違いない。
 だけど今の私には物足りない。両親のことは勿論、農園のことも気にかけて欲しいと望んでしまう。
 これまで娘である私自身が放ったらかしだったのだから、しょうがないことだとはわかっている。
 でも今の私にとって、大切な人達との繋がりを守ってくれた農園は両親と同じ位に掛け替えのない存在なのだ。