「お邪魔します」

 久しぶりに足を踏み入れた秋雄の部屋からは懐かしい匂いがする。それはよく隣を歩いている時に感じた柔軟剤の香り。きっとおばさんがベッドシーツや枕カバーを洗濯しているのだろう。埃一つない部屋には今でも秋雄が生活しているような気配が残っていた。

「私はリビングにいるわね」

 おばさんが部屋から出て行くと、一人取り残された私は秋雄の残像を見つめる。
 ベッドの上で横になりながら漫画を読む姿。勉強机に向かって読書をしている姿。携帯のパズルゲームに夢中になっている姿。
 埃が積もることのないこの場所は過去が色褪せることもない。あの日のまま綺麗に保管されていた。

“__ナツ!勉強わかんねーよ!”

 そんな声が今にも聞こえてきそうで一人苦笑する。
 秋雄は勉強が苦手だった。
 だから試験前になると、いつも勉強に付き合わされていた。
 
 過去に思いを馳せながら勉強机の上を人差し指でツッとなぞる。秋雄が死んでから私物に触れるのは初めてだった。

「……これ」

 教科書が並んだ棚を見ていると懐かしい物を見つけた。緑色のカバーがついた手の平サイズの手帳。私達が通っていた中学校の生徒手帳だ。
 紺色のブレザーに赤いネクタイを締めた秋雄の写真は、一緒に駅前にある写真館で撮ってもらった。そっと輪郭を指でなぞると生徒手帳のページを捲る。県歌に校歌。そして長々と校則が印字されている。そして適当にページを捲っていくと、最後の方に学校行事の日程が書かれたカレンダーがあった。