「……おはよう」

「お、おはよう」

 部屋からでると先に洗面を済ませていた啓太と気まずい挨拶を交わす。もう寝癖やダサいキャラTシャツを見られてもあまり抵抗はない。
 もしかしたら、こうして色々なことに慣れていけるのかもしれない。
 __それなりの幸せ。
 __そして秋雄のいない未来。

「どうしたのボーッとして」

 廊下の真ん中で立ち尽くしていると私の横で母が苦笑している。

「あちらのご両親に失礼のないようにね。手土産もちゃんとしたものをお渡しするのよ?」と、耳打ちするとそのままキッチンへと消えていった。
 あまりにも色々なことがありすぎてすっかり忘れていた。なんて、言い訳に過ぎない。啓太の実家に立ち寄るか。それともこのまま東京に帰るか。
 私は迷いながらも、考えることを後回しにして逃げていた。

「……ちゃんとしないと」

 自分に気合いを入れるように洗面所で顔を洗う。ふと、目についた蛇口の汚れを近くにあったスポンジで擦りながら思う。老眼の母にはこの汚れが見えなかったのかもしれない。もしくは農園の仕事でそれどころではないのかもしれない。
 __時間は待ってはくれない。
 今まで自分のことだけを考えていた私には、まるで自分の親だけがいつまでも若いつもりでいた。
 しかし刻々と両親は歳を重ねている。そして、このままでは後継者のいない農園は廃れていく。例え祖父が趣味で始めた農園だとはいえ、私は本当にそれでいいのだろうか。