「……ごめんね」

 もっと外の景色を見せてやりたかったけれど私には無理だった。自分なりに頑張ったけれど、結局自分なりというのは自己満に過ぎない。

「……ごめん」

 しゃがみこみ、そっと手を合わせると左手の薬指に嵌められたクローバーの指輪がキラリと光る。
 __奇跡は起こらない。
 それは誰よりも私が一番わかっている。
 この世界にあるのは現実というつまらないものだけ。
 “__秋頃、籍を入れないか?”
 サワサワと木々を揺らす風が肩まであるこの髪を揺らす。そして耳元で唸る風が脳裏で響く啓太の声をかき消す。
 
 “__ナツには後悔して欲しくない”

 私だって、もう後悔なんかしたくはない。だけど、そう言った秋雄本人が私に後悔を残すような去りかたをした。
 “__忘れてくれ”
 そんな言葉を残されたら余計に忘れられなくなる。と、そこで秋雄の面倒な特性を思い出す。もしかして秋雄は……。

「夏実? 大丈夫か?」

 振り返るとライトを片手に啓太が遠慮気味に立っていた。
 要らぬ心配程、迷惑なものはない。と、過去の私なら思っていたに違いない。
 だけど今は、自分を心配してくれている人達に素直に感謝している。
 例え距離を置こうと見えない所で私を想ってくれていた幼馴染み達の存在。久しぶりに再会しても温かく受け入れてくれた農協の人達。突然、戻ってきても温かく受け入れてくれた秋雄のおばさん。そしていつも私を支え見守っていてくれる両親。
 私は、たくさんの人に支えられて生きている。だからこそ、その人達を失望させるような生き方はしたくない。

「……啓太。もう少しだけ時間をちょうだい」

 啓太は私の様子に顔を強張らせながらも「わかった」と、静かに頷いた。