「ココア冷めちゃったから温めておくわね」

 この手からマグカップを取り上げるとおばさんは部屋から出ていく。私は急いで立ち上がると床に散らばった物を拾い上げる。
 雑誌と進路調査票は引き出しの中にしまい鍵を絞めた。生徒手帳はポケットに。そして指輪はそっと左手の人差し指に嵌めてみる。あの頃より痩せたせいか少し緩いけれど問題はない。

“__忘れろ”
 最初は秋雄の為にその答えを受け入れるべきか悩んだ。だけどもう迷わない。どんな時も答えは自分で決める。
 
「忘れない。絶対に忘れないから」

 私は廊下に出ると、この部屋に決意を遺すようにゆっくりと扉を閉めた。

 それからおばさんの淹れてくれたココアをご馳走になり、秋雄の家を出た時には辺りはすっかり暗くなっていた。我が家まで目と鼻の先だというのに、心配したおばさんは家まで車で送ってくれた。

「じゃあ、また年末にね」

「うん」

 お盆が終わったら私はまた東京に戻らなければならない。と、そこで自分の思考の誤りに気付く。
 __戻らなければならない。
 なんて、まるで誰かに強制されているかのようだ。東京で生きることは間違いなく自分で決めたことだったのに。

 農園の入り口からおばさんの車を見送ると、私は鬱蒼とした木々の間から見える星を眺めながらでこぼこの道を歩く。
 夜空を流れていく星たちとも、暫しの別れになるのかと思うと途端に寂しくなる。