だけど私はもう何も知らずに生きていくのは嫌だ。秋雄だけに真実を背負わせるぐらいなら、例え辛い過去でも知って苦しんだほうがいい。

「……忘れるなんて狡いことだよ」

「狡くない」

 おばさんの細い指が、この手をギュッときつく握りしめる。

「夏実ちゃんが生きやすい考え方をしていいの。それは決して狡いことじゃない。生きる為なんだから。私も秋雄も夏実ちゃんには生きて欲しいのよ」

 秋雄を喪ってから、ずっと考え続けてきた。
 __生きること。
 __死ぬこと。
 どちらが罪滅ぼしになるのか。
 結局、私は死ぬことも生きることも怖くて考えることを拒否した。地元を幼馴染みを秋雄を捨てた。そして婚約までしたくせに未だどちらにも振りきれずにいる。

「秋雄の分まで幸せに生きて?」

 だけどこの瞬間、微笑んでくれるおばさんがいる。いつも助けてくれるぶーちゃんがいる。変わらず親友だと言ってくれる真由も、見守ってくれる佐藤も、マオちゃんもいる。そして私の帰りをいつも待っていてくれる両親がいる。
 みんなの存在が、少しだけ許すことを教えてくれる。以前よりも少しだけ自分が生きていることを許せるようになっている。
 だけど当然、秋雄を喪った虚しさも。悲しみも。苦しみも。消えることはない。全ての感情と一生共に生きていかなければならない。だからと言って秋雄を忘れたくはない。

「夏実ちゃん」

 おばさんは行き先を示すように、私の名前を呼ぶ。