“__忘れて成仏したい”
 秋雄にとって私達が過ごしてきた時間は、簡単に忘れられるものなのだろうか。
 __ならば何故幽霊になって現れたのだろう。
 本人がいない今、もう私には知る術がない。

「……言っていいかわからないけどさ」 

 突然、口を開いたぶーちゃんに振り返ると口元だけで柔く微笑みながらそっと言葉を落とす。

「誕生日おめでとう」

「……覚えててくれたの?」

 驚いていると、少し困ったような顔をしながら頭を掻いている。

「当たり前だろ。ただ秋雄を喪った日でもあるから、お前も色々と思うことがあるだろうと思ってさ。さっき会った時も伝えるべきか迷ってた。川にいた真由と佐藤に会った時に二人も同じようなことを言ってたよ。だけど林檎娘が生まれてきた日は、どんなことがあろうと俺達にとってめでたいことに代わりはないからさ」

「……真由も佐藤も?」

 みんな秋雄が死んだ経緯を知っている。それでも過去も現在も誰一人私を責めることはない。それどころか、根源となった私の気持ちを一番に考え思い悩んでくれた。そして、こうして伝えてくれた。

「……ありがとう。凄く嬉しいよ」

 ぶーちゃんだって複雑なはずだ。だけど全てを理解しながらも優しい言葉をかけてくれる。
 私自身はまだ自分が生まれてきたことを赦すことができていないけど。それでもそれぞれの想いが詰まったその言葉はとてと暖かい。

「秋雄も今頃「おめでとー」って笑ってんだろ」

 そうやって笑うぶーちゃんに、幽霊になっても忘れていたことは言えないけれど。

「あいつは忘れっぽいから」

 代わりにそう答えるとぶーちゃんは真剣な顔で言った。

「あいつが、お前の誕生日を忘れるはずがない。九年前だって当日はデートするから次の日にみんなでお前の誕生日を祝おうって提案してきたんだから」

「……え?」

 初めて聞かされた事実に動揺を隠せずにいると「……そりゃあ、色々あったし言いそびれたというかさ」と、言い淀む。