交差点から「とうりゃんせ」のメロディーが聞こえてくる。
 “__この音楽怖いよ”
 “__大丈夫だ!俺がいる!”
 幼い頃の私達が手を繋ぎ横を通り過ぎていく。
 きっと、これは残像だ。
 幽霊が消えても残像は脳裏に焼き付いたまま消えることはない。
 もしも向こう側に渡ったら、また優しい秋雄に会えるだろうか。そっと足を踏み出そうとした瞬間……。

「林檎娘!」

 ハッと意識を引き戻したのは、いつの間にか向こう側に現れたぶーちゃんの笑顔だった。

「お前も、お花市に来てたのか!」

 右左右と確認すると、こちらに駆けてくる姿に渇いたはずの涙がまたこの頬を濡らしていく。
 __私は夢から覚めてしまったんだ。

「う゛ー。ぶーちゃん」

「え。お、どうした?」

 子供のように泣き出した私に慌てふためきながらも背中を撫でてはあやしてくれる。

「とりあえず移動しような」

「……うっ。うん」

 通りすがる人々から私を隠すように肩を抱くと、そっと誘導してくれる。まるで、女を泣かした男という絵面になってしまって申し訳ない。
 しかし涙は止まることなく近くのコインパーキングまで歩くと、ぶーちゃんは停めてあった自分の愛車に乗るように扉を開けてくれた。

「……ありがとう」

 助手席に乗ると差し出されたティッシュで涙を拭き遠慮なく鼻をかんだ。

「……頑張れなかった感じか?」

 “__ぶーちゃん! ちょっと頑張ってくるー”
 そう言って、自分を奮い立たせてみたけれど残酷な結果に終わった。

「……私なりには頑張ったよ。でも頑張る方向性が違ったのかも」

 今からでも分かり合うことを望んだ私と、今からでは遅いと全てを忘れることを望んでいた秋雄。
 結局、求めるものが違った。
 こうなってしまったのは秋雄の気持ちを無視した己の責任だ。

「……そっか」

 ぶーちゃんは、それ以上何も言わずに窓の外を眺めている。私も助手席の窓を開け外の空気を吸い込む。目の前を歩いているのは、射的の景品だった黄色いクマを抱いた先程のカップルだった。