「俺はあの日、信号がないこの場所で車が来ているかどうかも確認せずに飛び出した。それは紛れもなく俺の責任だ。お前の誕生日を忘れたのも俺が悪い」

 だけど注意深い秋雄が道路を飛び出すなんておかしい。私と喧嘩をしたから、いつもとは異なる行動をとったのではないだろうか。

「だから、ナツのせいじゃ」

「……じゃあ、どこに行こうとしたの? 冷静さを失い交差点を飛び出してまで、秋雄はどこに向かおうとしてたの?」

 ジッと見つると、ふと逸らされた視線はすぐに私を見つめ返す。そして咎めるように静かな声で言った。

「忘れろ。あの日のことも俺のことも」

 いとも簡単に。それも平然とした顔で残酷な言葉を遺す。

「人間の記憶なんて曖昧なんだ。だから思い出さなければ、そのうち忘れていく」

 冷めた目でこちらを見つめる秋雄に、私の中の何かが切れた音がした。

「ふざけないでよっ!」

 __忘れる?
 そんなこと、できるはずがない。

「確かに私は秋雄のことを忘れようとした! だから婚約もしたけど、本当に忘れたことなんて一度もない! 秋雄への気持ちは忘れられるようなものじゃないんだよ!」

 例えこの場所を離れても。幼馴染み達と縁を切っても。啓太と交際して婚約しても。
 秋雄への想いが消えてなくなることはなかった。
 だからこそ、こんなにも苦しんでいるのに本人の口から「忘れろ」なんて言葉は聞きたくなかった。

「……私が、どんな思いで今日まで生きてきたか秋雄にはわからないんだね」

「俺の気持ちだってナツにはわからない」

 秋雄は私が踏み込めないようにピシャリとシャッターを下ろす。
 確かに生きている私と幽霊になった秋雄は全く異なる現状に置かれている。真の意味で理解し合うことはできない。だけど……。