「……ありがとう。私も秋雄の足の臭い所も好きだよ」

「おいっ!」と、睨み付ける秋雄と顔を見合わせて笑い合う。
 当時の私は、甘い言葉を交わし甘い時間を過ごすことが恋人同士だと思っていた。だけど今ならわかる。
 お互いの長所も短所も認めては許し受け入れてきた。そんな私達は、ちゃんとお互いを想い合っていた。愛し合っていた。
 私達はちゃんと恋人同士だった。

「行こうか」

「え、もう!?」

 立ち上がると戸惑いながらも後をついてくる。私は秋雄にどうしても伝えないといけないことがある。
 中央通りを進み信号のない二車線の道路の前で立ち止まると、後ろで秋雄が息を止めた気配がした。
 電信柱には、先程おばさんが手にしていたアネモネと白い菊の交ざった花束が立て掛けられている。
 __あの日から、ずっと避けていた場所。
 バクバクと大きく刻む心臓の音を聞きながら、私は震える掌を握りしめる。ゆっくりと息を吐き出した瞬間、自分が呼吸をすることも忘れていたことに気づいた。

「……ごめんね」

 震える唇を引き結びながら振り返ると、秋雄は悲しそうに瞳を歪めていた。
 __九年前の今日。
 __秋雄は、この場所で死んだ。

「……本当は一緒にいられるだけで幸せだったのに、私達はちゃんと想い合っていたのに、あの時の私はそのことに気づいていなかった。恋人関係になっても変わらない関係に疑問をもって、どこかで秋雄の気持ちを疑って。だから、誕生日を忘れられたことがイコール秋雄の私に対する気持ちそのものだって勘違いした」

「……ナツ」

 いつの間にか、この頬に伝う涙に伸ばされた秋雄の指がゆっくりと下ろされる。
 触れあうこともできない私達は、ただ見つめ合うことしかできない。けれど、それだけでも今は幸せなんだ。