「良いお盆を」

 駅前の駐輪場に自転車を止めると、今日は歩行者天国となっている中央通りを歩く。
 __お花市(はないち)
 お盆に手向けるお花や色々な出店が立ち並ぶこのお祭りは、びんずる同様に地元の人々に親しまれているお盆のイベントだ。
 秋雄が現れる前に、ご先祖様にお供えするお花を探していると後ろから肩を叩かれる。

「夏実ちゃん」

 振り返ると、おばさんがお花を抱えて微笑んでいた。

「見て。今年は秋雄が喜びそうなお花があったのよ」と、嬉しそうに白い菊と淡い青色のアネモネの交ざった花束を見せてくれる。なのに、ぎこちない笑みしか返せないのは「秋雄の死」から逃避しているから。正直、これから本人と会うのだからしょうがないのかもしれない。

「夏実ちゃんもお花を買いに?」 

「はい」

「一人?」

「……あ、はい」

 さすがに秋雄と待ち合わせとは言えない。

「そう。気をつけてね」

 去って行くおばさんの背中が小さくなるまで私はその場に佇んでいた。
 __いつか私も秋雄に花を手向ける日が来るのだろうか。
 啓太と結婚して。子供を生んで。秋雄のお墓参りをして。そんな自分の姿を想像してみたけれど、果てしない歳月を見つめているようで目が眩む。

「ナツ」

 なのにその声で名前を呼ばれるだけで、足元に光が射す。曖昧な世界がくっきりと鮮やかに彩られる。
 顔を上げると突然現れた秋雄は、写真と同じ水色のシャツとデニムという格好をしていた。それが今はとても悲しい。過去の私は、これから起こる悲劇なんて想像もしていなかった。

「どうした? 怖い顔して」

 優しく微笑む秋雄にそっと首を横に振る。そして、私達はどちらからともなく並んで歩き出す。