「前に、おやきを作りにいった幼馴染みの家があったでしょ? そこの息子さんと私は幼稚園の頃からの友達で……」

 一度言葉を切ると、大きく吸い込んだ息と共に言葉を吐き出す。

「初めての彼氏だった」

 啓太に過去の話を一度もしたことがない。それは、話さないのではなく話せなかった。だって私にとっては、まだ過去にできていないから。

「付き合ったのは、たったの十一日間だけ。それは……」

 真実を口にしようとした瞬間、震え出す唇。私は、もう一度大きく深呼吸をすると自分の罪と共に吐き出した。

「……私のせいで彼が事故に遭って死んだから」

「……夏実」

 啓太の瞳は、これ以上話さなくてもいいと言っているように見えた。だけど話さなくてはならない。話さなければ、私が変われない。前へ進めない。

「……私なんて生まれて来なければよかった。私となんて出会わなければよかった。何度も何度もそう思った。そうすれば彼は今でも生きていられたはずだから。なのに自分の誕生日なんて喜べるはずがない。祝う気持ちになんてなれるわけがない」

 __殺したのは私なんだから。

「……秋雄っていうの」

「……金魚」

 そう呟いた啓太にそっと頷く。
 本当は、秋雄の髪の色と似ていたからという理由だけではない。同じ名前をつけたのは、その存在をすぐ側に常に感じていたかったから。
 啓太は複雑な顔をしながら黙っている。言葉を探しているのか、正直その心の内はわからない。だけど、わからなくても真実を伝えなければならない。拒絶されようが引かれようが、啓太にも悩み選択する権利があるのだから。

「明日、その人を偲ぶ為に出かけてくる」

 「会いにいく」ではなく「偲ぶ」と、いう言葉を選んだ私はちゃんと現実を理解している。自分と秋雄はもう違う世界の存在。ならば、自分が向き合うべきなのはこの現実だ。

「そうしたら、答えを出すから……」

 翳る瞳を真っ直ぐ見つめていると啓太は頼りなく頷く。二人の間に流れるのは、少し冷たい夏の終わりを感じさせる秋の風だった。