寝る前になると父と酒を酌み交わしている啓太を横目に、私は農園に散歩へと出かける。
 しかし気分転換のつもりが夜の匂いが明日への悲しみをより深くする。

 “__ナツ。お前は間違ってるよ。現実を連呼しながら、お前が一番現実を見てない”

 そんなことは、私が一番わかっている。だけど「大人はつまらない」と、夢のある答えを求めるくせに本音を漏らすと一蹴するなんて酷いではないか。

「夏実!」

 振り返ると何故か啓太が急いで駆け寄ってくる。

「どうしたの?」

「こんな遅くに一人で出歩くなよ。危ないよ」

「危ないって自分の家の敷地だから」

「それでも農園は鬱蒼としてるし見通しが悪いんだから気をつけてよ」と、心配してくれる姿に罪悪感が広がる。
 私は啓太が働いていることを前提に交際し婚約した。一緒にいたいとか。いたくないとか。そうではなく、経済力の後に気持ちを付け足した。
 大人になればそれが普通で、条件と結婚するようなものだと思っていたのに。秋雄に対しては、変わらぬ気持ちを抱く自分がいることに気づいてしまった。
 __恋には子供も大人も関係ない。

「ごめん」

 色々な意味で謝罪をする私の頭を、啓太は優しく撫でながら呟く。

「誕生日おめでとう」

「え?」

 驚いて顔を上げると、こちらに向けられたスマホの時計が零時丁度を指していた。
 __今日は私の二十三歳の誕生日。それは同時に……。

「毎年、お祝いしないでって言うからプレゼントを用意しない代わりに言葉で真っ先に伝えたかったんだ」

 その微笑みが、この胸に爪をたてる。

「でも、どうして誕生日をお祝いしないで欲しいの?」

 初めて真剣に尋ねてくる啓太。もう誤魔化すのはやめよう。そう決めた私はゆっくりと重い口を開いた。

「私の誕生日は大切な人が死んだ日だから」

 生暖かい夜の風が二人の髪を悪戯に撫でる。啓太は驚いているのか瞳をゆらゆらと揺らしていた。