真由と再会するなり喧嘩して。秋雄には怒られて。佐藤やぶーちゃんの前で本音を口にして。思いっきり泣いて。昔のように、言葉や感情で自分を表現できるようになった。だけど……。

「……私にとって「それなりの幸せ」が本当に結婚することなのかがわからない」

 そもそも秋雄を喪ってから幸せが何かを見失った。秋雄のいない現実に幸せなんてなかったから。

「幸せって、何かじゃなくて感じる心が「ある」か「ない」かだと思うの。でも今の夏実なら感じる心があるんじゃない?」

「それがもし、現実的じゃなかったら?」

「度合いにもよるけど、この農園だっておじいちゃんの思いつきで始まった。それがここまで大きくなったのよ? それを考えたら、大抵のことは覚悟があればやっていけるのよ」

 __覚悟。
 その言葉は今の私に一番欠けているものだ。結婚するにも。ここで生きていくにも。なんて、夢のような選択肢をまだ捨て切れずにいる自分に苦笑する。

「まあ、大丈夫よ。啓太君に愛想尽かされても夏実には帰る場所があるんだから。その代わり農園でバイトしてもらうけどね」と、優しい笑みを浮かべる母に私は何度助けられたことだろうか。
 __帰る場所。
 その言葉がその存在が、どれだけこの心を支えてくれたか。
 両親が。友達が。この家が。この農園が。私を待っていてくれている。
 そこで、ふと気づく。
 農園もいつしか私の帰る場所になっていたことに……。

「農園の継承者は?」

「何よ、いきなり。別にいいのよ。おじいちゃんの趣味から始まったんだから」と、いつものように母は笑っている。
 今までの私なら、それ以上気にすることもなかった。だけど、離れている私とみんなを繋いでくれたのは紛れもなくこの農園だ。そのことを知った今、失うことを想像しては素直に寂しいと思う。