「大切な日だから」

 もう過去の私ではないのに。もう今更遅いのに。それでも、せめて最後に「その日」を過ごしたい気持ちは私も一緒だった。

「うん」

 笑顔で答えると、嬉しそうに微笑む秋雄に手を振りながら一人部屋を出る。扉が閉まると途端に色々な感情が駆け巡り泣き出しそうになる。だけど泣いたところでこの想いが昇華されるわけでもない。ならば、せめて秋雄に心配をかけないようにしよう。最後ぐらいは笑顔でいよう。
 一度大きく深呼吸をすると、私はキッチンで準備をしているおばさんと合流しおやきを作り始める。

 大きなステンレスボールにおやきミックスの粉と水を入れて手で混ぜ合わせていると、ふと幼稚園の時に亡くなった祖母のことを思い出す。
 おやきが好きな人でよくおやつに作ってくれた。粉は自ら調合して、もっちりとした皮はとても美味しかった。その時も隣には秋雄がいて、私よりもおやきを沢山食べるから祖母も喜んでいた。
 優しい記憶をそっと撫でるように粉を混ぜていると、突然玄関の扉が開く音がした。

「おばさん。夕飯持ってきたよー」

 鍵を施錠しないのは田舎の人達の悪い習慣だと思う。しかし、懐かしい光景に微笑んでいると玄関に出迎えに行ったおばさんとのやり取りが聞こえる。

「今日は煮物。あと、野沢菜もあるよ」

「あら。ありがとね」

 親密さを感じるのは、この九年間ずっと繋がっていた証拠だ。そんな姿に少し前までの私なら、逃げていた自分に対しての後ろめたさから黒い感情を抱いていたかもしれない。だけど過去と向き合おうとしている今、誰かを想いやる気持ちが私にもわかる。だから二人の声に胸が温かくなる。