犀川の土手に辿り着くと自転車を適当に停めて青々とした芝にゴロリと横になる。そして、どこまでも澄んだ空を見上げた瞬間糸がぷつりと切れたように涙が溢れ出す。

 “__だって俺が好きなのは十二歳の時のナツだから”
 未来に現れたくせに、秋雄の瞳には過去しか映ってはいない。そして心もまた、移ろい行くことなく真っ直ぐと過去の私へと向かっている。
 つまらない大人でも、現実に適用しようと婚約者をつくるような不純な私でもない。純粋に生きていた十二歳の私。

「……はぁ」

 秋雄ではなく自分の方が亡霊のようだ。どちらの世界で生きるか決断もできずに過去と未来を彷徨い続けている。

 

「ただいま」


 一頻り泣いてから家に戻ると夕飯時になっていた。
 みんな気づきながらも赤く腫れたこの瞼には触れないでくれたから助かった。夕飯を終えシャワーを浴び一人自室に籠り金魚の秋雄を眺める。
 本当は過去をなぞるように楽しい時間だけを過ごしたい。そう思う私はまだ逃げている。そっと立ち上がると机に並べた三枚の写真を手に取る。
 __九年前の明日。秋雄の家でおばさんと三人でおやきを作った。

「夏実?」

 咄嗟に引き出しに過去をしまうと、啓太はノックもせずに部屋に入ってきた。

「昼間は、ごめん」と、自分に非がないのに謝罪する。大人はそうすることで、ことが静かに収まることを知っている。しかしそれは一過性のこと。根本的な問題が解決するわけではない。

「夏実には夏実のペースがあるのに。ちょっと焦っちゃって」

 __焦り。
 私も啓太も青春を繰り返す程に若くはない。なのに私は、まだ輝かしい過去の日々をなぞっている。

「だから夏実が話してくれるまで待つよ」

 そう言うと、そそくさと部屋から出て行く。
 __啓太は大人だ。
 私が何か上手い嘘をつけば騙されてくれるかもしれない。だけど、もう逃げたくない。

「……秋雄」

 私は一人になった部屋で大切な人の名前を呟くと、そっと目を閉じた。