恨まれていることを望んでいた。
 そうしたら、それを理由に今すぐ啓太を解放してあげることができるから。結局、私は自分から今の現実を手放す勇気がない。

「あんな優良物件は他にいないぞ?」

 無邪気に笑う秋雄より私が一番わかっている。しかし頭で理解しようと心が追い付かない。なのに、流されるように交際して婚約までして……。
 私は、風に揺れる木々を見つめながら啓太との出会いを思い出す。

 啓太とは、大学の友達に無理に連れていかれた合コンで出会った。外見は勿論、傲ることもなく、常に周りを気配る姿に合コン経験者の友達が「お宝発見」と、言っていたことを覚えている。女の子達は一斉に啓太を狙っていた。
 私は年上の男性達を目の前に、場違いな気がして参加したことを後悔した。周りが盛り上がる中、逃げるようにお手洗いに居場所を求めた私の後を追ってきたのは啓太だった。
 “__大丈夫?”
 一言も喋らない私を見て具合いが悪いのではないかと、心配してくれていたそうだ。啓太は最初から優しかった。
 廊下で少し話してみると、クールな見た目とは異なり話やすい印象を受けた。出身地の話題になりお互いが同郷だとわかり、そこからは地元の話に花が咲き最後には連絡先を交換した。

 それから二人で会うようになり、何度目かの食事の後に交際を申し込まれた。正直、戸惑った。
 秋雄を喪なってからは恋愛なんてするつもりもなかった。する気にもなれなかった。
 だけど、もう一人の私がそっと囁いた。「流されてしまえ」「忘れてしまえ」「いつかは結婚しないといけないのだから」。

 そして、私は啓太の告白に頷いた。
 誰でも良かったわけではない。啓太だったから頷いた。なのに秋雄と比較してしまったら誰だって敵わない。そのことに気づきながらも流されたかった。だけど便器に詰まった紙と同じ。流されることがなければ詰まるだけ。水は逆流してやがて溢れ出す。