農園を飛び出し風を切るように国道を走る。駅前の小さな公園に辿り着くと、私は心臓が跳ねる音を聞きながらベンチに一人腰かける人影に駆け寄った。

「秋雄!」

「よう!」

 いつもと変わらぬ笑顔にホッとする。
 私達が恋人となったこの場所で二人で過ごすのは今日が最後。写真と同じ場所に現れる法則が崩れない限り、もう二度とこの場所で秋雄と過ごすことはできない。
 __あと、三回。
 __別れへのカウントダウンが始まる。

 「昨日のことだけど」

 静かに言葉を落としながら私は秋雄の隣にゆっくりと腰を下ろす。

「ああ。どうやら自分で消えることもできるみたいでさ。俺も驚いて」と、笑う姿に「やっぱり」と思いながらも肝心なのはそこではないと言葉を遮る。

「あの人が私の婚約者なの」

 生暖かい風が紅色の髪をふわりと撫でる。その瞬間、長い前髪から覗いた切れ長の瞳は優しく細められていた。

「知ってる。初めて会った時にナツは指輪をしてたし」

 初めて会った時、思い返せば婚約指輪をしたままだった。だけど私は気が動転していた。だから秋雄も同じだと思っていた。なのに幽霊の方が冷静にこちらを観察していたなんて何だかおかしな話だ。
 ならば秋雄に会う為に、いつも指輪を外していた私は実に滑稽だ。しかしそれは、誰かの為でなく自分の為に外していた。だって……。 

「恨んでないの?」

「は?」

 秋雄は間抜けな顔で間抜けな声を出す。

「あの日、秋雄が死んだ日。私が……」

「ナツ」

 言葉を遮ると俯く私の顔を覗き込む。

「まさか、俺が死んだのは自分のせいだと思ってる?」

「だって……」

「前方不注意。完全に自己責任。お前には誰よりも幸せになって欲しいと思ってるよ」

 そっとこの頭に触れる温もりに胸が締め付けられる。