「そういえば、秋雄に餌はやった?」

「ぶっ!?」

 私は飲んでいた紅茶を吹き出す。両親は無表情のまま朝食を食べる手をピタリと止める。
 未練の現れだと思われたくなくて、金魚の名前を「秋雄」にしたことは内緒にしていた。

「き、金魚でしょ? あげたよ」

「そっか。今度俺もあげていい?」

「うん」

 時が動き出すように両親が箸を動かす。そしてぎこちない笑顔を造る私を、母は味噌汁を啜りながら上目遣いでチラッと見ていた。
 変な空気を変えたくて興味もないのに自から高校野球の話題を提供すると、勝手に話し出した啓太と父にホッとしながら無事朝食を食べ終えた。
 片付けを終えると啓太と父は農園の仕事へ。私は自室でゴロゴロと横になっていた。

「今日は手伝わないの?」と、さっき啓太に聞かれた瞬間自分の設定を思い出し冷や汗が吹き出した。
 
 “__夏実は林檎を褒められて嬉しくないの?”
 “__私が作っているわけではないから”
 今朝の会話で啓太が変な顔をしていたのは、恐らく私の嘘に気付いたからだろう。
 しかし今更、言い訳を考える気力もなかった。だから笑って誤魔化すと、私は農園の手伝いに向かう啓太の背中を無言で見送った。

 婚約指輪をしていないことも。秋雄を探しに農園に飛び出したことも。やりもしない手伝いを理由にした自分が悪い。自業自得だ。
 どんよりと重い気持ちを昇華させる術もなく、私はただ約束の時間までベッドの上で狸寝入りをしていた。