「悪い。寝っ屁は嘘」

「酷いよ。って、イビキは?」

「それも嘘。俺の歯軋りは?」

「ごめん。嘘」

 やっぱり私は、まだまだ誰かに背中を押してもらわないと可能性に気づけない。ああだこうだ考えて取り越し苦労で最初に心が疲弊して。自ら試す勇気が生まれないまま終わる。本当はその一歩が、人との距離を縮める為には大切なことだとわかっているのに。
 その証拠に啓太と同じ部屋で寝ることができたし、こうしてくだらない言い合いをするまでには進展した。

「腹へったー」と、砕けた口調になった啓太に苦笑する。。
 きっと、寝っ屁だろうとイビキだろうと歯軋りだろうと。お互いの恥ずかしい部分を受け止めて。悪い部分も認め合って。足りない部分は補い合って……。そうやってみんな家族になっていくのだろう。
 両親だって最初は他人だ。けれど、少しづつ今の関係を築いてきたのだろう。

「夏実。手伝ってー」

「はーい」

 母から呼ばれ私はキッチンへ。啓太はダイニングテーブルの椅子に腰を下ろすと、父と高校野球の話で盛り上がっている。

「啓太君も夏実と同じやつね」

「わかった」

 言われた通り二人分のサラダを盛り付ける。朝積みレタスとトマト。そして厚切りトーストを二枚焼いて紅茶を二杯淹れる。
 いつも朝食にパンを食べるのは一人だから仲間がいるのは少し嬉しい。

「どうぞ」

「美味しそう!」

 啓太の前に私と同じメニューを並べる。

「トーストには我が家の林檎を使ったジャムを付けるのがオススメ。紅茶は林檎の皮で香りつけされてるから砂糖はたっぷりがいいかも」

「へー。何かお洒落だな」

 なんて、いつもはもっとお洒落なものを食べているだろうに気を遣っているのだろう。