「夏実は林檎を褒められて嬉しくないの?」

 浮かない顔をしていたせいか啓太は怪訝そうな顔で尋ねる。

「嬉しいよ。だけど、私が育ててるわけじゃないから」

 __世界一。
 そう褒められた過去がある以上、ただの美味しいだけでは満足できない。我が儘かもしれないけれど物足りない。それをそのまま伝えるわけにはいかないから、素直に理由を伝えた。だけど啓太は何故か不機嫌そうに外方を向いた。

「……夏実。イビキ煩かったよ」

 突然、不満を暴露されショックを受ける間もなく戸惑う。

「い、今その話をする?」

「だって、本当のことだから」

 意味もわからず、ツンケンとした態度をとられ私も少し苛ついてきた。

「……啓太だって歯軋りが煩かったけどね」

「夏実は寝っ屁もしてたよ」

「そ、それは嘘だ! 絶対に嘘だ!」

 ムキになる私にシニカルな笑みを浮かべる啓太。仕舞いにはギャーギャーと廊下で言い合いを始めると、後から来た父が私達の姿を見て苦笑する。

「朝からイチャイチャして」

「してない!」

「してません!」

 お互いの声が木霊しハッと我に返る。そしてゆっくりと見つめ合う。風船が萎むように張りつめた空気が抜けていく。氷が溶けるように強張った顔が緩んでいく。

「息もピッタリだ」

 父がリビングに消えていく背中を見送ると、私達は同時に吹き出す。何だかおかしくて顔を見合わせたまま笑い出す。