そういえば、確かに付き合い始めた頃は家に誘われたことがあったかもしれない。もう覚えてはいないけれど、その時の私の返答が啓太を傷つけていたことに今更気づく。

「夏実は距離を置いて付き合いたいタイプなんだってわかってるし、これからも尊重したいと思ってる。でも正直、寂しい」

 私は気づかなかった。
 仕事が忙しい啓太は付き合いの飲みも接待も多い。だから、一人の時間を大切にした大人の付き合いを望んでいると思っていた。
 だけどそれは、私一人が望んでいたスタイルに啓太が合わせてくれていただけ。考えてみたら、ちゃんと話し合ったこともない。

「……ごめん」

「違うよ。謝って欲しいわけじゃなくて、これからはもっと一緒にいれたらいいなってこと」

 そう言って伸びてきた手が私の頭を優しく撫でる。
 この温もりは嫌いじゃない。何かにつまづいた時、いつもこうして励ましてくれる。
 啓太にだって、ちゃんと気持ちはある。
 だけど私の中から燃えるような紅の色が消えることはない。それがとても申し訳ない。

「俺は早く夏実と一緒に暮らしたい。一人のスペースが欲しいなら夏実専用の部屋がある所にすればいいし」

「ありがとう。考えておく」

 即決もしないくせに断りもしない狡い私に、啓太は嫌な顔一つせずに優しく微笑んでくれる。

「おやすみ」

「おやすみ」

 初めて側で交わす挨拶に、どこか気恥ずかしさを覚えながらもそっと目を閉じる。
 何だかもやもやする。心がツンツンと痛む。だけど疲れているたのか、その意味を考える暇もなくいつの間にか眠りに落ちていた。