「いただきます」

 四人揃ったテーブルで、啓太はバクバクと笹寿司を頬張る。次にたけのこ汁をズズッと啜るとパッと幸せそうな顔をする。しかし、口元についた米粒が気になる。

「お弁当つけてるよ」

「え。どこ?」

「口元の左側」

「ここ?」

「違う。もっと上」

「ここ?」

 説明するのが面倒になった私は、啓太の口元に手を伸ばし米粒をとる。そして自分の口に放り込んだ瞬間我に返る。
 人の顔についた米粒を食べるなんて、行儀が悪いことではないだろうか。啓太は驚いているのか目をパチクリとさせていた。

「ごめん。つい癖で」

「癖?」と、不思議そうな顔をされるのも無理はない。その癖が今まで啓太の前で現れたことはなかった。

 “__秋雄!また頬っぺたに付けてるよ”
 “__どこ?取って。ありがとう。って、捨てるなよ!”
 “__え!?食べるの!?”
 “__食うだろ! 粗末にするなよ!”

 子供の頃から、秋雄は食べ物を粗末にするとすぐ怒る。その割には、よく米粒を口元につけていたから小鳥のように取っては食べる作業がいつしか私の仕事になっていた。
 秋雄が死んでからは、その癖が出ることはなかったのに。実家にいることで気が緩んでしまったのだろうか。
 こうして、私はまた一つ。秋雄がこの心に色濃く存在することを思い知る。そして現実が見えなくなっていく。

「夏実? どうした?」

 呆然としていると啓太が私の顔を覗き込む。

「な、何でもない」

 そう必死に誤魔化しながらも心の中では秋雄のいる明日を描く。
 __九年前の明日。私と秋雄は駅前の公園でデートをした。

 “__……全く。明日は一人じゃなくて二人でどこかに行ってきなさい”

 母の言葉が脳裏をつつくけれど答えは既に決まっている。悩む必要もないことが逆に悩みなのだ。
 私は笹寿司を頬張りながら隣に座る啓太から目を逸らす。この胸には婚約者に対する罪悪感が確かに存在していた。