待っていても無駄だ。と、思いながらも私は夕飯の時間になるまで一人自室に籠っていた。
 母に呼ばれリビングの扉を開けると啓太は相変わらず両親と談笑している。突っ立ったまま端正な横顔を眺めているとバチリと視線がぶつかる。

「お帰り。農園の仕事終わった?」

 その瞬間、場の空気が一瞬止まった。

「夕飯の仕度しないと。夏実。手伝って」と、救いの手を差し伸べるように母が私をキッチンへと引き連れる。父と啓太はまた談笑を始めたようでホッとする。

「どこに行ってたの?」

 小声で尋ねる母は、おもてなし料理代表の笹寿司を作っている。

「農園の散歩。あと引きこもってた」

「全く。明日は一人じゃなくて二人でどこかに行ってきなさい」

 そう言いながら母は呆れたように大きな溜め息を吐く。

「明日? また来るの?」

「泊まるの。暫く家で泊まっていくことになったの」

 そんな話は聞いていない。
 今までだって午後に来ても夜には帰っていたのに、何故ここに泊まるのだろう。

「いつまで他人のままでいるつもり?」

 核心をつかれて返す言葉が見つからない。
 焦ったように関係性に名前をつけ、その名前だけが一人歩きをして本人達はその関係性に追い付いていない。
 私達は婚約者以下。恋人以下。友達以下。ただの他人だ。

「ちゃんと啓太君と向き合いなさい」

「……わかってる」

 例え秋雄が現れようと相手は幽霊だ。そのうち消えてしまうような不確かな存在。それよりも確かな存在と向き合わないとならない。