「じゃあ、今から届けてもらうわね」

 待ってましたと云わんばかりに、母は立ち上がると我が家の農園のロゴが入った段ボールを組み立てている。

「……届けるって何を?」

「林檎。ちょうど今日中に届けることになってたの」

 帰省したばかりの娘に仕事の手伝いをさせるなんて。と、思わず溜め息を漏らす。しかし母はこの心の中を見透かしているのかポンッと優しく私の背中を叩いた。

「でも、こういうのはきっかけと勢いが大事だから。久しぶりに会って来なさい」

「……うん」

 正直、心の準備は出来てはいなかった。

 __だけど、もしこの時。

 母が背中を押してくれなかったら。私が抵抗していたら。

 __奇跡は起こらなかったのかもしれない。

「夏実。手拭いは?」

 実家に置いておいたデニムとTシャツに着替え外に出ると、母が自転車の後ろに林檎の入った段ボール箱を乗せ車体と離れないようにロープで縛りつけていた。

「いらない。首に巻くのは恥ずかしいから」

「この炎天下を舐めてるわね」

 悪い笑みを浮かべる母を無視して私は数年ぶりに自転車に跨がる。すると途端に緊張と不安が襲いかかる。
 どんな反応をされるか。何を言われるか。正直、怖かった。

 __だけど、逃げたくない。

 強い気持ちでサドルを握ると、ペダルに置いた右足を思いっきり踏み込む。すると林檎の重さで車体がぐらついた。

「気をつけてね!」

「は、はい!」

「行ってらっしゃい!」

 ぐらぐらと不安定な走りを見せる私を母は大きな声で見送る。遠くで林檎の収穫をしていた父は、何故私が自転車を漕いでいるのかわからない顔をしながらも手を振ってくれた。