「お兄ちゃんは最近になって塞ぎ込むことが多くなったんですよ」と教えてくれたんだが、その理由を聞いて思わず首を傾げてしまったのも仕方がないことだろう。なぜなら俺には心当たりがなかったからな……。しかし、よくよく思い返してみると思い当たる節が無いわけでもないことに気がついた。というのも、ここ数ヶ月の間ずっと悩んでいる様子だったからである。その原因が何なのかまでは分からなかったのだが、恐らく妹のことなんだろうなということは何となく想像できたし、実際その通りだったみたいである。ただ、当の本人はそれを自覚していないようだったため妹さんも困っているみたいだったな……。そこで俺は思い切って本人に直接話を聞いてみることにしたんだ。その結果分かったことなのだが、どうも妹が縁談の話を断ったことが原因だったらしい。「やっぱりその話が原因だったのか……」俺はため息交じりに呟くように言った。するとそれを聞いた師匠は苦笑を浮かべながら頷いていたんだが、その表情を見る限り相当参っているように見えたな……。だが、それも仕方のないことだと言えるだろう。なにせ大切な妹が自分のせいで結婚できなくなったわけだからな……。
「すまないことをしてしまったな……」俺がそう言うと、
「気にするな」と言って笑顔を見せてくれたんだが、それが余計に痛々しく思えてならなかったな……。とは言えいつまでも落ち込んでいても仕方がないと考えた俺は気持ちを切り替えて話題を変えることにしたんだ。
「そう言えばさっき話していた人と結婚するはずだったという話なんだが、どんな人だったか聞いてもいいか?」

「そうだな……」そう言って話し始めたんだが、その口調から本当に好きだったんだなということが伝わってきたな。まぁ無理もない話だと思うぜ?何しろ一目惚れに近い状態だったみたいだからな。それに、師匠の妹さんはかなりの美人だしスタイルも良いからなぁ……。そりゃ惚れない方がおかしいってもんだろ?ただ、問題はここからなんだよな……。なんせその相手って言うのがよりにもよって魔王軍に所属していた魔族の一人だったんだからさ……。要するに敵同士だったってことだよな……。しかも出会った場所が戦場で命のやり取りをしながらの出会いだったから尚更だな……。普通ならその時点で恋に落ちることはあり得ないと思うんだが、それでも好きになった理由が気になるだろ?それがなんと言っても、命を救ってくれた上にプロポーズまでしてくれたんだからさ……。そんな奴に惚れるなっていう方が無理な話だよなぁ?だからきっと嬉しかったんだと思うんだよ……。たとえ叶わぬ恋だとしてもな……。
「ところで、相手の種族は何だったんだ?」そこまで話を聞いた段階でふと気になった俺は何気なく尋ねていたんだが、まさかそれが致命的なミスに繋がるとは夢にも思っていなかったんだよな……。何故ならその質問を聞いた瞬間、あからさまに表情を曇らせていたからだ。
そこで初めて何か事情がありそうだということに気が付いた俺は慌てて謝ることにしたんだ。すると逆に申し訳無さそうにしながらもゆっくりと口を開いてくれた。だがその内容はとても信じられないものだったんだよなぁ……。というのもその相手がサキュバスだという事実だったわけだから当然といえば当然のことかもしれないんだが、流石に驚いたようんぬ……。まぁでも考えてみれば納得できる部分もあったかな……?何せあんなに綺麗な女性が身近にいるんだとしたら、好きになるなって方が無理ってもんだ。俺だってそんな状況になったら確実に惚れちまう自信があるしな!そう考えると不思議なものを感じるっていうか、妙に納得できてしまう自分がいたんだよな……。
そんなことを考えているうちにいつの間にか夜が明けていて朝になっていたわけだが、その時には既にすっかり気分が良くなっていたため安心したぜ……。やはり昨日のあれはただの気の所為だったんだろうな……。そんな風に思いながら部屋を出て食堂へと向かうと、そこには既に全員揃っているようだったから挨拶を交わした後で食事を摂り始めることになった。ちなみにメニューについてはパンやスープなど一般的なものが用意されていたため特に不満はなかったな。強いて言うならば量が少ないことが不満だったが、こればかりは致し方ないと思っていたんだが、ふと横を見た時に師匠の皿が目に入ったことから一つの考えが浮かんだんだよ。どうやら俺と同じように思っていたらしく料理長の男に声を掛けていたのを目にしたことで、俺の考えが正しかったことを知ることになるのだった――。
「おい、そこのお前……」唐突に声を掛けられたことで驚く男だったが、すぐに笑顔を浮かべると返事をしていた。「これはこれはお館様ではありませんか!いかがされましたでしょうか?」
「お前に話がある。食事を済ませたら私の部屋まで来い」その言葉に驚いた様子を見せながらも了承した男は急いで朝食を終わらせると、そのまま早足で去って行くのを見送った後で部屋に戻ると早速話し合いを始めることにしたのだった――。
(女剣士視点)
「ところでお前達には今日からしばらくここで生活してもらうぞ」そう告げられた私は困惑せずにはいられなかったわ。というのも以前訪れた時にはもっと大きな建物があったはずなのだけれど……。そう思って周りを見渡すと確かに見覚えのある場所だったのだが、一つだけ明らかにおかしな点があることに気がついてしまったのよね……。それは何故かというと、目の前に建っている建物は木造でできているようだけどどう見ても老朽化が進んでいるとしか思えなかったのだ。さらにいえば所々が崩れているようにも見えたから、てっきり廃墟になってしまったのだと思っっていたのだけれど違ったのかしら……?そんなことを考えながら観察していると突然後ろから声をかけられたため驚いてしまったけど振り向いてみるとそこにいたのはあの男が立っていたのね……。それにしても何故ここにいるのかしら?もしかしてまた私たちを捕らえに来たのかしら……。そう考えた私はいつでも戦えるように備えておくことにしておいたわ。するとそれを見た男は慌てて両手を挙げると弁明するように話しかけてきたんだけど、よく見てみると彼の表情が強張っていることに気づいたのよね。それで不思議に思っていると今度は急に笑い出したものだからますます訳が分からなくなってしまったわ。一体何なのよこの人は!?そう思っている間に彼は笑いながらこんなことを言ってきたのよ。
「おいおい、そんなに警戒しなくても良いじゃないか」と言いながら近付いてきたと思ったら、いきなり私の手を掴んできたのだから思わず叫んでしまいそうになったわね……。だって考えてもみてちょうだい?初対面の男性に手を掴まれただけでも恥ずかしいというのに、その上胸まで触られたのだから驚かないはずがないじゃない!それなのにこの男は何事も無かったかのように平然としているんだもの……。何だか悔しい気持ちが込み上げてきたのだけど、それ以上に恥ずかしさの方が勝ってしまったせいでまともに顔を見ることができなくなってしまっていたわ。