ところで何故こんなことを言い出したかというと、最近ある噂が広まりつつあるからである。何でも僕の目の前に立っている少女こそ、魔族を率いてこの城を占拠した元凶であるというのだ。なんでも僕を油断させるために芝居を打っていたらしいのである。しかも師匠まで騙しているという話なのだけど、一体どうやってそんなことを成し遂げられたのかは分からないままだというのだから恐ろしい限りだよね。とにかく、彼女は現在この国を乗っ取っているらしく、今や国の実権を握っていると言っても過言ではないようだ。
しかし、彼女の狙いが何なのかはまだ判明していないらしい。何故なら、僕や師匠を含む一部の人間以外は既に洗脳されているからなのである。おそらく何か弱みを握られているんだろうと思うんだけど、詳しいことは分からないんだよなぁ……。ただ、どうやら彼らは魔王とやらの命令によって動かされているみたいなんだ。どうしてそんなことをしているのかは知らないけどね……。ともかく一刻も早く彼女を倒さなければならないと思っているんだけど、今のところ有効な手立てがないというのが現状だ。なにせ彼女の正体が全く掴めない状態だから手の打ちようがないんだよねぇ……。ほんと困ったものだと思わないかい?え?思わない?そ、そっかぁ……、残念……、いや、何でもないさ!はははははっ!! ちなみになんだけど、僕がどうしてこんな場所にいるのかと言うと、それは目の前の少女から直々に招待を受けたからなんだよね。だからここにいるというわけだ。本当は来たくなかったんだけど、行かないわけにもいかなかったというか何と言うか、まぁそういうことなんだ。それに、ここで断るわけにもいかないしね……。だから大人しく付いてきたわけなんだけど、これがまた厄介なことになったというか、正直もう帰りたいと思ってしまってるところなんだよねぇ……。何でって?それは勿論目の前にいる人物のせいだよ。その人物こそが――、
「――ようやく会えたな」そう言って微笑みかけてきたのである。そう、彼女こそが僕の目の前で玉座に座っている女の子――アリア=ルミリエ様だったのだ。まさかこんな形で再会することになるとは思ってもみなかったけど、それ以上に驚いていることがあったんだ。それは――、「やぁ、元気だったかな?」――師匠の姿を見つけたことだ。しかも怪我一つしていない状態でそこに立っていたのである。それを見た僕は思わず驚いてしまったのだけど、それと同時に安心感を覚えたのも事実だった。なぜなら二年ぶりに再会したのだから当然だろう?しかも以前と変わらぬ姿のままなのだから尚更のことだった。
ただ、疑問もあった。なぜ彼はここに居て平気なのだろう?だって片腕が失われているはずだというのに普通に振る舞っているのだから不思議に思って当然だと思う。しかし、そのことを尋ねるより先に師匠の方が口を開いたのでタイミングを逃してしまうのだった。そして、その言葉というのが――、「久しぶりだね」というものだったのだ。それを聞いて一瞬呆けてしまったのだが、すぐに我に返った僕は慌てて頭を下げるのだった。
「ご無沙汰しております!」師匠は相変わらず優しい微笑みを浮かべたままだったけれど、心なしか元気がないように思えた。やはり片腕を失った影響が大きいのだろうか?だとすれば心配になるところだ。そう思った僕はそれとなく尋ねてみることにする。「お身体の具合の方はいかがですか?」すると師匠は少し間を置いて答えた。「実はあまり良くなくてね……」と、申し訳なさそうに言うのである。
その姿を見た途端、僕は胸が苦しくなってしまった。きっと責任を感じているに違いないと思ったからだ。というのも――、
「私がもう少し注意を払っていればあんなことにはならなかった」
そう言ったからである。つまりは自分を責めているということである。確かにあの時はかなり危険な状態だったと聞いているし、実際に腕を失ってしまっている。そのせいで落ち込んでいるのだろうと思い、励ましの言葉を掛けることにした。「いえ、そんなことありませんよ」しかし、それに対して首を横に振ってみせる師匠。そして、おもむろに右腕を持ち上げて見せたのだった。すると、そこには何もなかったのである。文字通り跡形もなく消え失せていたのだ。そのことに衝撃を受けたのも束の間、更に衝撃的な光景を目にすることとなったのだ。「見ての通り義手を付けている」なんと、師匠の右手首に金属製の腕輪のようなものが嵌められていたのである。しかもそれが勝手に動き始めたかと思うと空中に文字を表示させたではないか!これには驚かずにはいられなかったよね……。何せ宙に浮いた画面のようなものに文字が浮かび上がったのだから……。それも魔法によるものではなく科学の力を利用したものだと瞬時に悟ったくらいだ。だからこそ信じられないという思いが強かった。
だが、これで謎が解けたと思った。あの場で腕を切断せざるを得なくなった理由が理解できた気がしたからだ。しかし、そうなると今度は別の疑問が浮かぶわけで、それについて尋ねようと思ったのだがその前に相手が口を開いてしまったため聞く機会を失ってしまったのだ。そして次の瞬間――、「……すまない」と謝られてしまったものだから戸惑ってしまう。なので「どうして謝るんですか?」と質問した。その問いに対して師匠はゆっくりと答えてくれた。その内容というのが驚くべきものだったんだよね。まさかとは思っていたけど事実だったとは思わなかったよ。おかげで驚きのあまり言葉を失うしかなかったんだけど、その一方で納得できる部分もあったのもまた事実だった。要するに、こういうことなんだろう――、
「――俺は勇者ではないということだ」
(元勇者視点)