中にはサンドイッチのようなものがたくさん入っていた。中には果物が入っているものもあり、どれも美味しそうに見える。どうやら彼女の手作りのようだった。見た目だけでなく中身の方もしっかりと手が加えられており、とても食べやすそうだ。早速食べてみると、これがまた美味しかったのである。あまりの美味しさに感動してしまったくらいだ。思わず頬が緩んでしまうほどだったが、そんな僕を見て彼女も嬉しそうな顔をしてくれたのだった。どうやら少しは元気になったと思ってくれたようである。そのことに安堵した僕は心の中で感謝の言葉を送ったのだった。ありがとうございますと――。
ちなみにだが、師匠はというと現在王城内の医療室にて治療中とのことだった。なんでも、右腕を失ってしまった状態で戻ってきたせいでかなり酷い有り様だったらしく、一時は生死の境を彷徨ったりもしたのだとか。それを聞いた時は生きた心地がしなかったけど、今ではだいぶ回復したと聞いて一安心した。ただし、まだ意識は戻らないままらしい。今は集中治療を受けているのだとか……。本当に早く回復してほしいものである。そうでなければ困るのだ。なぜなら……、 僕がこうして生きている意味がないのだから……。
翌日になっても僕の容態に変化はなかった。だからなのか、相変わらずベッドから起き上がれずにいたのだけれど、この日は少し違った展開を迎えていた。というのも、突然アリアさんが部屋を訪ねて来たかと思えば「今から診察を行います」と言ってきたのだ。どうやら僕の様子を見に来たらしい。最初は驚いたけれど、素直に従ってみることにした。もしかすると治るかもしれないと思ったからだ。しかし、その結果はあまり芳しくないものとなってしまったのである。「やはり駄目ですか……」彼女は残念そうに呟いた後、僕に頭を下げたのである。「すいません、お役に立てなくて……」
「い、いえ、謝らないでくださいよ!」僕は慌てて言った。そもそも最初から無茶な話だったのだ。仮に僕の傷が完治したとしても、師匠の腕だけは元に戻らないだろうしね。そういう意味では無駄足になってしまったかもしれないけど、誰も恨んだりなんかしていないさ。だって仕方がないじゃないか。これは仕方のないことだったんだから……。そう思うことで自分の中で折り合いをつけようとしていたんだけど、現実はなかなか厳しいものだった。何せ、ずっと一緒だった人がいきなり居なくなってしまったのだ。寂しく思わないわけがないだろう?しかも片腕だけになってしまっていて、それが更に喪失感を強くしているように感じるのである。そのせいで心にぽっかりと穴が空いてしまったような気がしていた。
とはいえ、落ち込んでばかりもいられない。僕まで塞ぎ込んでしまったら余計に悲しむことになるからね。それを考えたらいつまでもメソメソしてられないというのが本音だった。というわけで気持ちを切り替えようと頑張っているところなのである。それからしばらく経った頃だろうか?部屋のドアをノックする音が聞こえたかと思うと、そこから姿を現したのは国王陛下であるレオさんと妹のマリーさんだった。二人は部屋に入るなり僕の顔を見るや否や表情を強張らせた。というのも、師匠の姿が何処にも見当たらなかったからだと思う。無理もないことだとは思うけどね。ただ、彼らもまた何も知らなかったようで「アルスはどこにいるのか知っているか?」と尋ねてくるのだった。なので、僕は事情を説明しようとしたんだけど、それよりも先にアリアさんが口を挟んで来た。「私が説明致しますわ」彼女は真剣な眼差しで二人を見つめつつ話し始めた。それは昨日の出来事についてだった。もちろん、僕と吸血鬼との戦闘についてのものである。そこで何があったのかを全て伝えた上で最後に付け加えるように言ったのだ。「……ですが残念ながら私の力ではどうしようもありませんでした」
すると、二人の顔色が変わったのが分かった。「まさか……」マリーさんは青ざめた顔で呟くように言うと口元を手で覆った。「本当なんですか?」今度は兄の方が尋ねた。その声は震えていたと思う。それに対して彼女が無言で頷くと沈黙が訪れた。僕も何と言えばいいのか分からなかったのだ。そんな重苦しい雰囲気を打ち破るように国王陛下は口を開くと口を開いた。そして――、「そうか……、よくぞアルスを連れ戻してくれたな」彼は微笑みながら言うのだった。その顔はどこか無理をしているような感じだったけど、精一杯気を遣ってくれているのだと分かった。
だからこそ、その期待に応えなければならないと思ったのだろう。アリアさんも笑顔を浮かべて頷いた。「えぇ、私も頑張ったんですよ!」胸を張って言うと、そのまま兄に抱き着いたのである。「おぉっと!?」急なことに驚いていたみたいだけど、そこはさすがに大人だけあって倒れることはなかったようだ。ただ、若干よろけていたのはご愛敬といったところだろう。それを見て僕とマリーさんの口から笑い声が上がる。お陰で部屋の中が明るくなったように思えた。おかげで少し気が楽になったように思う。きっと気のせいではないだろう……。
その後僕は二人に頭を下げて謝罪の言葉を述べた。迷惑をかけてしまったことを謝ると二人は気にするなと笑って許してくれたのである。ただし、次にこのようなことがあった場合どうするかについては言及されたけどね。当然だと思う。今回は運良く助けてもらえたけど、次も同じようになるとはかぎらないわけだし、もしかしたら僕が死んでしまった可能性もあるわけだからなぁ……。そう思うと、改めて反省せざるを得なかったよね。これからはもっと慎重に行動するようにしようと思ったのだ。
(勇者視点)
――あれからどれくらいの時が流れたのだろうか?気がつけば二年の月日が流れていたように思う。僕はというと、未だに師匠が目を覚ますのを待っている状態だった。だけど、その間にも色々な出来事があった。中でも大きかったのは隣国との関係悪化だ。どうも魔族との戦いが激しさを増してきているらしく、国境付近で頻繁に小競り合いが起こるようになったのである。そのため僕達の国も戦力を増強することになったのだが、その際に目をつけられたのが我がギルドだったのである。元々国に対して多大な貢献をしていた上に強力な冒険者達を抱える冒険者ギルドに喧嘩を売るということは即ち死を意味することに他ならない。なので、いくら戦争のためとはいえ簡単に引き下がってくれるとは思えなかったのだ。実際その通りだったみたいで、相手側はこちらが納得するほどの条件を提示してきたわけだけど、そう簡単に首を縦に振るわけにはいかなかったんだよね。何しろ相手は魔族だからね。どんな汚い手を使ってくるか分かったものじゃないんだよ。そう考えるとどうしても慎重になってしまうのも仕方ないというものだろう。むしろ賢明な判断だと褒めてあげたいくらいだよ。でも、向こうはそんな事情を考慮してくれないようだったけどね……。結局強引に条件を飲まされてしまったからさぁ……、参っちゃったよ。まったく嫌になっちゃうよなぁ~。まぁそんなわけで今に至るというわけなんだけどね……。はぁ……。