今日は待ちに待った透子と東吉の結婚式当日。
 待ち合わせ場所はなぜか港。
 首をひねる柚子は、招待所を何度も確認したが間違いない。
 それに、その場所には続々と見知った友人や親族と思われる人たちが集まっていくので、間違えようがない。
 港にはたくさんの船が停泊しているが、個人所有のものばかりらしい。
 その中でもとびきり大きな船……というか、もう豪華客船だ。
 そんな客船が大いに目立っている。
「玲夜。ちなみにあれぐらいの船持ってる?」
「ああ、あれより大きなのがいくつかな」
 さらっと告げられたが、とんでもないことだ。
 さすが鬼龍院と何度も思っただろうか。
 そうしていると、燕尾服を着た男女が招待客をその船に案内していくではないか。
 よくよく見てみると、船体にはとどんとにゃんこのマークがある。
 なんとも猫又のあやかしらしい印だ。
「もしかしてここで結婚式するのかな?」
「あーい!」
「あいあい!」
 元手芸部部長に作ってもらったスーツを着た子鬼たちも、興奮したように声をあげている。
「あっ、柚子~」
「子鬼ちゃんもー」
 高校時代の友人たちもお呼ばれしたようで、結婚式という場を借りた同窓会のようになってしまった。
 友人たちと会うのは柚子の結婚披露宴以来であるが、主役であった柚子は友人たちと談笑する時間をさほど取れなかったので、ゆっくりしゃべれるのは久しぶりになる。
「ここで結婚式なんてすごーい」
「船上パーティーなんて素敵ねぇ」
 友人たちはうっとりと船を見上げている。
 柚子も彼女たちの意見には同意だ。
 鬼龍院というビックネームの前で霞んでしまうが、東吉の家もそれなりに成功した名家なのだ。
 しばらくすると順番がやった来て柚子たちも船内へ足を踏み入れた。
 案内されるままに進むと、広いホールにつく。
 そこには立食パーティーさながらにテーブルと数々の食事が並んでいた。
 そしてデッキには結婚式をするための準備がされている。
 驚きと興味で船内を歩き回っていると、招待客全員が乗り込んだのか船が出航した。
 動いた瞬間に花火が上がり、わあっと歓声があがる。
 柚子も思わずパチパチと拍手した。
「すごいすごい!」
「柚子はこういうのが好きなのか?」
 目をキラキラさせている柚子を見て、玲夜が問う。
「うん。好き」
 嫌いな人間などそういないのではないだろうか。
 出席者には柚子も見知った友人が多く出席しているのもあって、余計に楽しい雰囲気に酔っている。
 しかし、簡単に返事をしてからはっとする。
「好きだけど、やりたいわけじゃないからね」
 釘を刺しておくのは大事だ。
 玲夜ときたら柚子のことになると財布の紐がゆるゆるに緩んでしまうのだから。
「なら、今度鬼龍院主催のパーティーでは船を使うとしよう。仕事ならば文句はないだろう?」
 やはり不可避のようだ。
 仕事と言われたら断れないのをよく分かっている。
 そしてきっと柚子が感激するような演出をしてくれるのだろう。
「ないけど、この結婚式と比べて透子が残念がるようなことにはしないでね」
 せっかくの結婚式を越えるような演出をして、透子の楽しく大事な思い出が上書きされてしまったら申し訳ないではすまない。
「そんなへまはしないから安心しろ」
「うん」
 少しして司会の進行でデッキに集まり、新郎側、新婦側の席に別れて座る。
 柚子はシャッターチャンスを逃すまいと、カメラをかまえた。
 音楽が鳴り、真っ白なドレスを着た透子が東吉と歩いてくる。
 今回はあやかしのしきたりとは関係ない人前式だ。
 自由なスタイルで結婚式ができると、透子がいろいろと調べてていたのを柚子は知っている。
 柚子が神器のことでいろいろ忙しい中、杏那が変わりに透子の話し相手になっていたようだ。
 意見を聞きたいだけのに、杏那が自分と蛇塚の結婚式を妄想して何度も遭難しかけたと文句を漏らしていた。
 それならば杏那に聞かなければいいのに、透子いわく、脳内で予行演習をしておいた方が、いざ本番という時に被害が最小限ですむとのことだ。
 蛇塚とともに新郎側の席に座る杏那を確認し、何事もありませんようにとただただ祈る。
 そうしている間に透子と東吉が誓いの言葉を読み終えた。
 続いては指輪の交換だが、これは藤悟お手製の世界にひとつしかない指輪である。
 最初はドレスに合わせたアクセサリーだけを頼んでいたのだが、藤悟からの結婚祝いだと粋な計らいがなされた。
 その細やかな細工に、透子は大層喜んでいた。
 柚子も同じく指輪を藤悟に作ってもらったので、その気持ちは大いに分かった。
 続いて結婚誓約書にふたりがサインし、司会者がふたりの結婚を宣言して人前式は終わった。
 その後は披露宴という名のパーティーだ。
 特に決まった席があるわけではないので、皆思い思いに動いて食事をしたり歓談したりしている。
 友人たちに囲まれている主役ふたりから少し距離を取った場所で食事をしていた柚子に声がかかる。
「よお、柚子。久しぶりだな」
 それは大学を中退して以降会えていなかった、幼馴染みの浩介だった。
「浩介君、久しぶり」
「ほんとほんと。柚子の披露宴には出られなくて悪かったよ」
「まったくだよ」
 結婚式には呼んでくれと言っていなくなった浩介だが、柚子の披露宴は風邪を引いて出られなかった。
 なんてタイミングが悪いのか。
「今日はちゃんと来られてよかったね」
「来なかったら透子にぶん殴られそうだからな。まあ、ちゃんと約束は果たせて安心だ」
 ニコニコと笑顔だった浩介だが、柚子から視線が外れると途端に頬を引きつらせた。
 なにだと浩介の視線の先を追うと、魔王降臨一歩手前の玲夜が仁王立ちしている。
「柚子の旦那めっちゃ怖いんですけど~」
「玲夜ったら、浩介君を威嚇しないでよ」
「柚子の初恋が俺だからやきもち焼いてんだな」
 あっと思った時にはもう遅い。
 浩介の頭を玲夜が鷲掴みにしてギリギリと圧を与える。
「ぎゃー、ほんとのこと言っただけなのに」
「れ、玲夜」
 慌てて柚子が玲夜の腕にしがみつくと、少し機嫌を取り戻したのか浩介から手を離した。
「やべ、焦ったぁ。あやかしってどんな指筋してんだよ。頭蓋骨粉砕するかと思ったぜ」
「望むならしてやるが?」
「誰が望むかぁ!」
 鼻息を荒くする浩介は、突然「むふふふふ」と気味の悪い笑いをし始める。
「旦那はさ、俺がまだ柚子に未練があるんじゃないかって思ってるから嫉妬してんだろ? けど安心してくれ。俺にも天使が舞い降りたんだからな! ほれ」
 浩介はスマホの画面を柚子と玲夜に見せる。
 そこにはかわいらしい女の子が写っていた。
「俺の彼女だよ。とうとう俺にも春が来たんだ」
「おめでとう」
 柚子は心から喜んで、微笑む。
「今の俺は彼女一筋だから、もう柚子は眼中にないぜ」
「透子には報告した?」
「まだ、これから。ちょっくら行ってくるわ」
 手を振る浩介に柚子も振り返した。
「浩介君に彼女ができたんだ……」
 皆少しずつ進んでいるのだと思うと感慨深かった。
「ねえ、玲夜、少し外に出ない?」
「ああ」
 デッキに出た柚子は、どこまでも続く海を見つめる。
 その手は玲夜とつながれていた。
「あのね、玲夜が私自身を選んでくれてすごく嬉しいの。なにを急にって思うかもだけど、昔から全然変わらない透子とにゃん吉君の姿とか、逆に変わったことで彼女を見つけた浩介君を見てたら急にね」
 柚子ははにかむ。
 変わることと変わらないことがある。
「玲夜は出会った時から変わらず私を好きでいてくれてるって思ってたけど、その想いは知らないうちに変わっていたんだなって今回の件で知れたのが嬉しい。そして、私もきっと少しずつ変わっていくんだろうなって思う。それがいいことなのか悪いことなのか分からないけど、穂香様のように、できることならハッピーエンドが待っていると期待してこの先を歩いていきたい」
 玲夜を害した穂香は、今は鬼龍院で預かりの身となった。
 とりあえずは沙良の監視下の元、沙良の使用人として働くことになった。
 現状、神器を持っていた者と接触したのが穂香だけだからというのもあるが、穂香にチャンスを与えたのだ。
 あやかしによって歪んでしまった人生を取り返すチャンスを。
「だったら、その隣には俺が必ずいる」
「うん!」
 視線を合わせたふたりの距離が近付くその時、なにやら中が騒がしいのに気付く。
 ぎゃあぎゃあと叫び声が聞こえてくるではないか。
 なにかあったのかと思い、急いで船内へ戻ると、そこはマイナスの世界に変貌していた。
「杏那が暴走しやがった!」
「誰よ、さっき杏那に誓いのキスしろとかはやし立てたお馬鹿は!」
「蛇塚、とっとと杏那を止めろー」
「杏那、落ち着いて」
 しかし、蛇塚が近付くことで余計に悪化した。
 カオスと化したホールの様子に、玲夜はやれやれとため息をつき、柚子も苦笑するのだった。