神に神器を返したところまで話終えて、玲夜の様子をうかがう。
「つまり、俺は神器によって今まで気を失っていたということか」
「全然覚えてないの?」
「ああ。あの女が向かってきて強烈なめまいがしたところまでは覚えているが、その後はなにも」
強烈なめまい。神器によるものだろうか。
そうでなければ、玲夜なら避けるか、逆にやり返すかしていただろうし。
「玲夜に神器が使われたことは間違いないのに、玲夜は私を見てもなんともないの? たとえば離婚したくなったりしない?」
「なるわけないだろ」
柚子の口から発する『離婚』というワードすら禁句というように、玲夜にギロリとにらまれてしまった柚子は慌てて視線を逸らした。
その流れで沙良に目を向ける。
「どういうことでしょう?」
聞かれた沙良にも分からない様子。
「不発だったのかしら? それとも本当は神器じゃなかったとか?」
「いえ、ちゃんと神様に渡してきましたし、神器だとはっきり聞きました」
けれど、相変わらずな玲夜。
柚子は腕に巻きついている龍を見下ろした。
「ねえ、どういうこと?」
『簡単な話よ。そやつの愛情は柚子だからこそのものだったということだ』
柚子はよく分からないというように首をかしげる。
『確かに最初は花嫁だから柚子を見つけたのかもしれぬ。けれど、今や花嫁だとか肩書きなどは関係なく、そやつは柚子自身を愛しておったということだ。本能とは無関係に柚子を愛していたなら、あやかしの本能をなくしたとて、想いは変わらぬ』
なぜ龍がドヤ顔するのか意味が分からないが、龍の言いたいことは理解した。
そして、それが本当なのだとしたら素直に嬉しいと、柚子は思う。
以前に玲夜が言っていた『柚子への想いは、神器程度の力でなくすようなものじゃない』という言葉通り、本能をなくしても柚子への想いは変わらなかった。
柚子は喜んだが、沙良は若干あきれている。
「つまり、玲夜君の重たーい愛情は、あやかしの本能と言うより、元来の性格からくるものだったってことよね? 他人をそれほど愛せるのは素晴らしいんだろうけど、母親として喜ぶべきなのかしら?」
沙良は困ったように頬に手を当てる。
「素直に喜んでいいものか迷いますね」
桜子まで沙良と同じような顔をしている。
「俺は花嫁だから柚子と一緒にいるわけじゃない。なにがあろうと、俺の花嫁はお前だけだ」
強烈な愛の言葉を告げる玲夜に、柚子は目を合わせられないほど恥ずかしくなる。
「本能がなくなっても離婚はしないからな。絶対だ」
念を押すのは、先程から柚子が『離婚』というワードを連呼するからだろう。
少々お怒りなのかもしれない。
しかし、仕方ないではないか。
目覚めた玲夜に面会するまでは、離婚を切り出される前に自分から告げようとすら覚悟していたのだから。
それがどうだ。
離婚するどころか、なにも変わっていないのだから拍子抜けである。
「なんだか気が抜けちゃったわ~」
はぁっと息をつく沙良に、柚子も同意である。
桜子もやれやれという様子。
「なにごともないようだし、私は千夜君に連絡してくるわ」
「でしたら私も高道様に。きっと今もご心配なさっているでしょうから」
柚子に気を利かしてくれたか定かではないが、沙良と桜子がそろって部屋を出ていく。
一気に静かになった病室で、柚子の肩に乗っていた子鬼たちが、ぴょんと玲夜の膝に乗って飛び跳ねる。
「あーい」
「あい!」
玲夜が無事であることを喜んでいる。
「玲夜倒れて柚子泣きそうだった」
「それで神様にぎゅってされてたー」
「なんだと?」
子鬼から発せられた情報に魔王が降臨した。
「柚子。ぎゅっとはどういうことだ」
声が怖い。
「こうしてたの~」
「こう」
子鬼がみずからを使って再現をする。
柚子役の黒髪の子鬼を、白髪の子鬼が抱きしめる。
その時の状況が綺麗に省かれると、まるで柚子が浮気したように見えるではないか。
「柚子。俺が寝ている間に……」
「ち、違うからね。神様は私をただ慰めてくれただけだから」
慌てて否定すればするほどドツボにはまっていくような気がしてならない。
現に、玲夜の顔がどんどん恐ろしくなっていく。
「本当に違うからぁ! 子鬼ちゃん!」
思わず子鬼へ八つ当たりしてしまう。
子鬼は自分たちのなにが悪かったのか理解していないようで、きょとんとしている。
いつもなら愛らしく感じるその無邪気さが今は憎らしい。
「私には玲夜だけだから」
「当たり前だ。他の奴に少しでも目を向けてみろ。そうしたらそいつを……」
「どうするの?」
玲夜は答えることなくニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、柚子は背筋が凍った。
本能をなくしても玲夜を嫉妬させるのは危険だと思い知った瞬間だった。
その後、連絡を終えた沙良と桜子が戻ってきて、もう帰ると伝えに来た。
「玲夜君もなんともなさそうだし、後は柚子ちゃんに任せるわ。念のため今日は大事を取って、明日には退院できるそうだから、付き添ってあげて」
「ありがとうございます」
玲夜の病室は柚子が知る一般的な病室ではなく、シャワーも完備のホテルのような個室だった。
室内も広く、付き添人用のベッドも簡易ベッドではなくちゃんとしたもので、問題なく一日過ごせそうだ。
「なにかありましたら、私か高道様にご連絡ください」
「はい。桜子さんにもご迷惑おかけしてありがとうございます」
「なにもなくてなによりでしたわ。それでは」
上品にふふふと笑う桜子は、一礼してから部屋を出ていく。
そして沙良も。
「玲夜君が退院次第、穂香ちゃんのことも話し合われるから、明日は本家に寄ってちょうだいね」
「分かりました」
そう、穂香の件が残っている。まだ終わってはいないのだ。