畑中先生は机付近の椅子に、私はソファに、それぞれ定位置の席へと腰を下ろす。

「調子はどう?」

挨拶を終えれば、真っ先にそう尋ねてくる先生。

私は予めポケットから出していたメモ用紙にペンを走らせた。

丁寧さよりもスピードを重視。

だけど、ちゃんと相手に伝わるように。



《元気です!さっきお弁当と里菜ちゃんから貰ったドーナツも食べてきました》

そう書いたメモを先生の方へと向ける。

「ふふ、良かった。たくさん食べたのね。次の授業は確か美術だったかしら?」

《はい。今日はデッサンです》

「先生も昔よくやったわ。えーっと20年前?あらやだ、もうそんなに経つのねぇ」

畑中先生はそう言うと続けて「どうりで歳を取るはずだわ」と笑った。

《先生は見た目も中身もお若いですよ》

「まぁ、褒めたって何も出ないわよ」


私はこうして紙とペンもしくはスマホを使って筆談を行うか、ジェスチャーを織り交ぜないと会話ができない。


失声症(しっせいしょう)(心因性発声障害(しんいんせいはっせいしょうがい))と診断されたのは今から丁度1ヶ月前、5月のことだった。


失声症とは簡単に説明すると声が出なくなること。

その主な原因はストレスや心的外傷だと言われている。

原因がはっきりとわかる人もいれば、そうじゃない人も。

私の場合は前者。

家庭環境が大きく関わっていた。