高校2年生伊藤春子の朝。
買ってもらった目覚まし時計も、前日に設定して朝に止めて二度寝する所までが義務化しつつある。結局いつも母親が起こしに来る。
母親のどしどしした足音が、機嫌の悪さを物語る。

「春子!起きなさい!」
「んー…」

もう少し声のボリュームを抑えられないのか。春子は渋々布団から顔を出すと、いつの間にか開けられていたカーテンから彼女には眩しすぎるくらいの朝日が差し込む。

大きな音や強い光に敏感で、寝起きの悪い朝にその症状は著しく出る。

目覚ましの音、母親の怒鳴り声、清々しいくらい照りつける太陽。
そのどれもが、怒りを彷彿とさせる。

「もう時間!」
「あのさ」
「何!もう早くして」
「私起きてるよね?その頭にキンキン響く声やめて。そんなに怒らないで。」
「じゃあ自分で起きなさいよ!こっちはね、早起きしてあんたの弁当作ってるの!大体、昨日…」

感情的になった母の話を聞いていることができなかった。


「頭痛い。学校休む。」



幼い頃から成績優秀で、友達も多かった。中学時代にはバスケ部の部長を務め、チームをベスト8まで導いた。担任の先生からは「空気が読める子」と褒められた。親戚が集まれば、
「誰に似てこんな優秀なのかね」
「私だよ」「いや、俺だな」
こんな会話が恒例になっていた。そんな私を両親は誇りに思っている。そして私もいつしか、高く評価されることに強い快感を覚えていた。

入る部活も、着る服の系統も、受験する高校も親の顔色を伺っては、期待に応えてきた。どこを取っても理想の子供。

いつからこんな風になってしまったのだろう。

高校はお金の負担が少ない公立の学校へ入学した。一流大学、大手企業への就職を考えていたので、1年生の頃から大学受験に向けて日々勉強に励んだ。
塾にも通いたいと思い、「お金がない」と言う親の代わりにアルバイトをして塾代を貯めていた。

「春子ってば、本当になんでもできるよねー、少しくらい才能を分けてほしいわ。」

友達からも羨ましがられる自分は偽りのもので、本当の気持ちなんて誰にも見せられない。
それほど心が醜悪な姿
高校2年生の6月頃、学校で進路についての授業があった。
先生と個々で面談をして、これからの将来について話し合う。

「伊藤さんはこれからの進路、決めているの?」
「有名な私立の大学へ行きたいと考えています。」
「有名な私立の大学?」
「はい。例えば、東京にある◯◯大学とか。」
「なるほどねえ…」
先生はしばらく考えた後、
「伊藤さんはその大学で何を学びたいの?」

言葉に詰まる春子。一流大学に入学して親の期待に応えることが第一だった春子にとって、「自分が何を学びたいのか」など二の次だったのだ。

「自分の興味のあることをとことん掘り下げて、研究していく場所が大学なの。何か趣味とかある?」
「趣味……」
「まだ時間はあるから、考えておいて。」

春子は振り出しに戻ったような気分になった。そして、これまでやってきた自分の行動がすべて無駄であるように思えた。