王子妃候補、もとい王子のお世話役のせいで学園に入学してからは自分の時間というものがなかなか取ることが出来なかった。だが解放された今は違う。完全に自由である!
 ――ということで今日は私の少ない趣味の1つである手芸に打ち込むことにした。
  ここで恥ずかしげもなく自慢を挟むが、私は手先が器用なのだ。 実はハリンストン家のいたるところに置かれているレース細工は私の作品である。ちなみに褒められれば褒められるほどに伸びるタイプの――すぐに調子にのるタイプともいう――私は「素敵ですわ!」と来客の方が褒めているのを耳にした日なんかは、夜な夜な新作作り上げては飾っている。 
 そんな趣味はストレス発散の意味もある。
 今回のストレスの原因は間違いなくエリオット=ブラントンだ。
 婚約の申し出をお父様に遠回しに断ってもらったのだが、それが伝わらなかったのか、はたまた分かっていてあえてなのか、ブラントン家で開催する夜会の招待状を送ってきたのだ。 
 食事中にお父様からそれを伝えられた私はすぐさまスプーンを置いた。
「そんなの行くわけがないでしょう!」
 ちなみにその時食べていたのはデザートのイチゴソルベだ。この時の私はイチゴソルベをベストタイミングで食べきることよりも反対の意を示すことを優先した。苦渋の決断ではあったものの、私の心はその名前を聞くだけで嵐のように荒れに荒れまくるのだ。そんな気持ちではイチゴソルベを存分に味わうことなど出来る訳がない。だからこそ先に自分の意志を伝えるという選択肢を選んだのである。
「申し出を断ったとはいえ、相手はブラントン家だ。夜会の誘いまで理由なく断ることなどできまい」
「……第一、なんでブラントン家はもうすでに私が選ばれなかったことを知ってるのよ。公の発表は1ヶ月も先よ?」
「ブラントン家は王宮内での立ち位置も高いし、事前に知らされていてもおかしくはないだろう」
「それにしたって1ヶ月待ってからにしなさいよ……」
「好条件の相手に誰よりも早くアプローチが出来るのならばそうするべきだって、ユタリアもよく言っているじゃないか」
「それは……そう、だけど……」
 社交界で一番大事なのはコネクションである。いかに情報を耳にしてから相手に近寄るまで短時間で済むかも重要なポイントである。特に今回のようなことはその相手がいつまでフリーで居続けるかなんて誰にも予想がつかないのだ。持っているデッキの強さだけでは争奪戦に勝てる保証はないのである。
 おそらくはリーゼロット様の家にもすでに何通かの申し出の手紙がやってきていることだろう。私達2人の価値は未婚のご令嬢達の中でもトップレベルと言っても過言ではない。なにせ10歳で王国の権力者達に認められて、誰が王子妃になってもいいようにと教育を受け続けてきたのだから。
 そしてその人材とコネクションを欲する者は多い。そのため王国側としては出来る限り、今後も役に立って欲しいはずだ。だからこそ信頼できる家臣にいち早く選ばれなかった令嬢の名を告げることで、他の貴族よりも早くスタートラインに立たせたのだろう。同じ貴族として、その作戦は好意的に思える。
 
 …………相手がエリオット=ブラントンでさえなければ。
 
「なんにせよ、こちらは断れないから。ちゃんと出席しなさい。いいね?」
 それで話は切り上げられ、断れないことに苛立った私は今、ストレス発散をしているという訳である。
 
「お姉様、さすがよねぇ……」
 隣で付き合ってくれているミランダにも呆れられながら、レース編みを続けている。今作っているのはレース編みのポンチョだ。これから街に繰り出す機会も多くあるので、使える物をと思ったのだ。
 
「これが終わったらミランダにも何か作ってあげる。何か欲しいものはある?」
 ずっと見ているばかりのミランダの顔も見ずに尋ねると、彼女はまるで初めから決まっていたかのようにすぐさま答えた。
 
「私、髪留めが欲しいわ! ……ずっと身につけていられるものが」
「そうね。私もお揃いで作ろうかしら?」
 ミランダが髪留めを欲するのは、近い未来、私はどこかに嫁に出てしまうからだろう。長女であっても王子妃候補者に選ばれていた私がこの家に残ることはない。他の家へと嫁いでいくのである。その代わりに次女であったミランダがハリンストン家に残って、良家のご子息を婿として迎えることとなる。実際、ミランダの婚約者は婿入りに来ることを想定した公爵家の三男である。 
 もしも私が婿を取り、ハリンストン家に残っていたのならもう少しだけミランダと過ごせる時間があったのだろう。
 王子妃候補者に選ばれてしまったことに、ハリンストン家に産まれたことに後悔はないが、こんなにも慕ってくれるミランダを置いて嫁いでいかなければならないことを少しだけ寂しく思うのだ。
「あ、糸……もうなくなっちゃった」
 多めに用意したはずのレース糸は残り数センチを残して終わりを告げた。

 まるで私達姉妹の別れがすぐそこまで迫っているのを暗示するかのように。