それから私の思いは通じたのか、ディートリッヒ様はしばしば私を外出に誘うようになった。前日にわざわざ予定を聞いてくる律儀なところは相変わらずだ。
連れて行かれるのは見事に女性に人気がありそうな店ばかり。きっとずっと行ってみたかったけれど一人では行きづらい店を巡っているのだろう。
同行のお礼? として、ディートリッヒ様は毎回必ず私の分まで用意してくれる。
おかげで王都スイーツに少しだけ詳しくなっていく日々だ。
今日は人気沸騰中の喫茶店までいちごのムースを食べに来ていた。
ドーム型の外側がいちごのムースで、中はふんわりとしたスポンジが待機している。舌触りの変化が絶妙な上、少しアクセントとなるように含まれているチーズは主張を押さえつつも、しっかりといい味を醸し出しているところは最高だ。
「美味しいですね~」
「ああ」
感想を伝えられるくらいにはディートリッヒ様と食事をすることにもすっかり慣れた。相変わらず変化の少ない表情も気にならない。嫌だったらこんなに連れ出すこともないだろう、と割り切ったのは大きかった。
人肌よりも少し温かい紅茶のカップを両手で包み込む。
ほっと一息つきながら、窓の外に植わっているバラの花を眺める。
この店のオーナーの趣味らしく、手入れは行き届いている。きっと香りもいいのだろう。
そこでふと、そういえば薔薇のフィナンシェってどうしたんだろう? と頭をよぎる。
あの店がきっかけで一緒に外出するようになったのだが、そもそも私があの店を知ったのはディートリッヒ様からの差し入れである。つまり彼は一度、差し入れ分を購入しているはずなのだ。
ベルモットさんに頼んだ?
だとしたら、今の私達の状況はあまりにおかしすぎる。
なにせ今日は喫茶店だが、あの店のようにテイクアウトのみの店を訪れることもあるのだから。
しかもあの店は、開店当初から噂が立つほどの店で……。
その時は誰か別の人に同伴してもらったのだろうか。
ディートリッヒ様からの頼みなら断る人も少ないだろうし。
飲みやすくなった紅茶で、胸の中で唐突に沸いたもやもやを押し流す。
「アイヴィー」
「はい!」
クイっと飲み干す私をディートリッヒ様は真っ直ぐと見つめる。
行儀悪かったわね。反省しながら背筋をのばすと、ディートリッヒ様の視線は窓の外へと動く。
「先ほどから男女が同じ方向へ向かって歩いているのだが、彼らは一体どこへ向かっているのか知っているか?」
「え、ああ。彼らが向かっているのはおそらく『アッケンド教会』です。ステンドグラスで作られた天使様に祈りを捧げると願いが叶うという噂で、主にカップルに人気なんです」
「カップルに……」
「はい。天使様だけではなく、窓にハメられたステンドグラスから注がれる光は見事な物で……。興味がおありでしたら案内いたしますが?」
「いいのか?」
そこまで食いつかれるとも思わず、ずいっと寄せられた顔には少し驚いてしまう。
そんなに行ってみたかったのかしら?
カップルが多いって言っても教会だし、一人で向かったところで目立ったりはしないだろう。
だが私自身、二度しか訪れたことがないとはいえ、お気に入りの場所。
興味を示してくれれば嬉しいことに代わりはないのだ。
「はい。過去に二度ほど訪れているので道順はバッチリです! あ、でも説明とか出来ませんからそこは期待しないでくださいね」
教会の歴史なんて期待されても分からないのだ。
キャンドル売りの子ども達なら分かるかもしれないが、そのほかに教会関係者はみかけたことがない。その上、説明書きも見あたらないのだ。
普通の教会が有名になっただけで、特別観光名所にしようとしていないのならそんなものだろう。それでも道順なら大丈夫! と胸を張る。
「そうか……」
けれど何かを期待していたらしいディートリッヒ様は暗い声を返す。
「あの、時間をいただければ資料をご用意いたしますが」
「いや、いい」
「そう、ですか……」
一気に暗くなってしまった空気を背負いながら訪れた教会はやはり綺麗で。それを見上げるディートリッヒ様の表情はやはり無に近い。けれど「綺麗だな」と漏らしたその言葉は彼の心からの声だと思えた。
連れて行かれるのは見事に女性に人気がありそうな店ばかり。きっとずっと行ってみたかったけれど一人では行きづらい店を巡っているのだろう。
同行のお礼? として、ディートリッヒ様は毎回必ず私の分まで用意してくれる。
おかげで王都スイーツに少しだけ詳しくなっていく日々だ。
今日は人気沸騰中の喫茶店までいちごのムースを食べに来ていた。
ドーム型の外側がいちごのムースで、中はふんわりとしたスポンジが待機している。舌触りの変化が絶妙な上、少しアクセントとなるように含まれているチーズは主張を押さえつつも、しっかりといい味を醸し出しているところは最高だ。
「美味しいですね~」
「ああ」
感想を伝えられるくらいにはディートリッヒ様と食事をすることにもすっかり慣れた。相変わらず変化の少ない表情も気にならない。嫌だったらこんなに連れ出すこともないだろう、と割り切ったのは大きかった。
人肌よりも少し温かい紅茶のカップを両手で包み込む。
ほっと一息つきながら、窓の外に植わっているバラの花を眺める。
この店のオーナーの趣味らしく、手入れは行き届いている。きっと香りもいいのだろう。
そこでふと、そういえば薔薇のフィナンシェってどうしたんだろう? と頭をよぎる。
あの店がきっかけで一緒に外出するようになったのだが、そもそも私があの店を知ったのはディートリッヒ様からの差し入れである。つまり彼は一度、差し入れ分を購入しているはずなのだ。
ベルモットさんに頼んだ?
だとしたら、今の私達の状況はあまりにおかしすぎる。
なにせ今日は喫茶店だが、あの店のようにテイクアウトのみの店を訪れることもあるのだから。
しかもあの店は、開店当初から噂が立つほどの店で……。
その時は誰か別の人に同伴してもらったのだろうか。
ディートリッヒ様からの頼みなら断る人も少ないだろうし。
飲みやすくなった紅茶で、胸の中で唐突に沸いたもやもやを押し流す。
「アイヴィー」
「はい!」
クイっと飲み干す私をディートリッヒ様は真っ直ぐと見つめる。
行儀悪かったわね。反省しながら背筋をのばすと、ディートリッヒ様の視線は窓の外へと動く。
「先ほどから男女が同じ方向へ向かって歩いているのだが、彼らは一体どこへ向かっているのか知っているか?」
「え、ああ。彼らが向かっているのはおそらく『アッケンド教会』です。ステンドグラスで作られた天使様に祈りを捧げると願いが叶うという噂で、主にカップルに人気なんです」
「カップルに……」
「はい。天使様だけではなく、窓にハメられたステンドグラスから注がれる光は見事な物で……。興味がおありでしたら案内いたしますが?」
「いいのか?」
そこまで食いつかれるとも思わず、ずいっと寄せられた顔には少し驚いてしまう。
そんなに行ってみたかったのかしら?
カップルが多いって言っても教会だし、一人で向かったところで目立ったりはしないだろう。
だが私自身、二度しか訪れたことがないとはいえ、お気に入りの場所。
興味を示してくれれば嬉しいことに代わりはないのだ。
「はい。過去に二度ほど訪れているので道順はバッチリです! あ、でも説明とか出来ませんからそこは期待しないでくださいね」
教会の歴史なんて期待されても分からないのだ。
キャンドル売りの子ども達なら分かるかもしれないが、そのほかに教会関係者はみかけたことがない。その上、説明書きも見あたらないのだ。
普通の教会が有名になっただけで、特別観光名所にしようとしていないのならそんなものだろう。それでも道順なら大丈夫! と胸を張る。
「そうか……」
けれど何かを期待していたらしいディートリッヒ様は暗い声を返す。
「あの、時間をいただければ資料をご用意いたしますが」
「いや、いい」
「そう、ですか……」
一気に暗くなってしまった空気を背負いながら訪れた教会はやはり綺麗で。それを見上げるディートリッヒ様の表情はやはり無に近い。けれど「綺麗だな」と漏らしたその言葉は彼の心からの声だと思えた。