「ドレスのデザインくらいいいじゃない、ね? アイヴィー」
「はぁ……」
食事を済ませ、その流れでお茶会パートに突入する。
どうやらディートリッヒ様が頼んでおいてくれたらしい。
その後はディートリッヒ様への愚痴を聞かされることとなったのだが――結局、なぜ彼はあんなにデザインを取り上げようとしたのかはなぞのまま。
マリー様も取られてなるものか、って仕方なしに引き出しの中にしまい込んでしまった。
どうやら二人はディートリッヒ様があんなにヤケになる(二人から見た様子であり、私には怒っているようにしか見えなかった)理由がわかっているらしい。
だからこその愚痴なのだが、核心を避けているのだろうかと考えてしまうほどに、その理由は明らかにされることはなかった。
今日の分の仕事を終え、私の迎えもとい回収にやってきたディートリッヒ様と一緒に馬車に乗り込む。
仕事はもう終わったのだろうか、なんてメイド風情が聞くことも出来ず、想像よりもうんと早い帰りの主と再び向かい合わせに座る。
行きと違うのは、馬車が走り出すとすぐにディートリッヒ様が口を開いたことだろう。
「私が去った後、デザインを見せられることはなかったか?」
話題はやはりあのデザインの話だ。
けれど今回の言い方には少しだけ違和感を覚える。
ディートリッヒ様は昼間、二人に『広げないように』と注意をしていた。
けれど今は『見せられなかった』かどうかを心配されている。
もしかしてあそこまで怒っていたのは、結婚適齢期を過ぎても未婚で、かつ婚約者どころか恋人もいない、枯れ果てた私の心配をしてくれたのだろうか。
優しさというか、哀れみという意味で。
そうよね。
ディートリッヒ様から見れば私も、田舎からわざわざ結婚相手を探しにきた令嬢とさして変わらないのだろう。
いくらシスコンを拗らせてやってきたという背景を知っているにしても、恋人が一人くらい居てもいいのでは? なんて思われている可能性もなきにしもあらず……。
こんなんだから王子にいい人いないのか~なんて言われちゃうのかな。
年が近いからこそ、余計に哀れに見えたのかもしれない。
けれど人のウェディングドレスを見せられてへこむようなメンタルは持ち合わせていないのだ。
そんなものがあったらお姉様のためとはいえ、休日にウェディングドレスを見て回っていない。
シンドラー王子もマリー様も、そんな私の図太い精神事情を理解しているからこそ、相談してくれたのだろう。
「ええ。引き出しの中に大事にしまい込んでいらっしゃいましたよ」
けれどディートリッヒ様のお気持ちを無碍にすることは出来ない。
だから私は鍛え上げたお仕事スマイルでそう答えるだけ。
何か言いたげに視線を動かすディートリッヒ様。けれど結局「そうか」とだけ告げて再び口を一文字に閉じるのだった。
ガタゴトと揺れる馬車から明かりが流れ込んでくる。
王都の街灯と店から放たれるものだ。
都というだけあって、ライト一つとっても決して下品だと感じるものはなく、華美でありながら上品な柔らかなライトは心地のいいものだった。
横目でチラッとだけ外を見て、お目当ての店が営業中であることを確認し、再び視線を固定する。
一旦、お屋敷に戻ってから小走りで向かえば間に合うな。
屋敷についたらディートリッヒ様を見送って、真っ先にキッチンへと向かう。ルターさんに今日のまかないは不要であることを告げて、ベルモットさんに外出する旨を伝える。
その後、部屋に向かってお財布を確保。屋敷を出て、少し離れたところからダッシュだ。買い物を終えたら近くの食堂兼酒場で適当に食事を済ませることにして……。
脳内で何度もルートを確認しながら、私はゆらゆらと馬車に揺られた。
そして屋敷に着いた私はそれを実行に移そうとして――ディートリッヒ様に見つかってしまった。
お財布を確保するところまでは上手くいったのだが、夜遅くに抜け出そうとする私を「危ない」という理由で阻止しようとするのだ。
「明日以降は王子達も忙しくなる。だからアイヴィーには明日は休みを与えるつもりだ。用事があるなら明日にしたらどうだ? わざわざこんな時間に出る必要はないだろう」
明日から忙しくなるのか。
「え、お休みなら昨日いただきましたよ?」
「それは一昨日の休みを邪魔した迷惑料代わりだ。だから明日は気にせず休みなさい」
「かしこまりました」
明日一日あればしっかりと選べるし、オーダーメイドの採寸だって出来る。余った時間で新ジャンルのスイーツに手を出してみるのもいいかもしれない。
唐突に沸いた休日に心を踊らせながら、深くお辞儀をする。ディートリッヒ様が去ったのを確認したら、まずはキッチンに向かわねば。
まだ伝えてから少ししか経っていないから、事情を伝えれば作ってくれるはず!
今日のご飯って何かしら? なんて考えながら、腰を下げたまま固定しているのだが、なかなか目の前から気配がなくなることはない。
城でメイド長にしっかりと仕込まれているから、この状態で一時間停止するのは余裕だ。けれど注がれる視線が痛い。
会話って終わったよね?
流れ的に見守る体勢に入った私の選択は正しかったはずだ。
なのになんなんだこの状況……。
「どうかなさいましたか?」
我慢できずに頭を上げて、私の頭をじいっと見つめていただろうディートリッヒ様におずおずと尋ねる。
私と視線が交わった彼はパチパチと瞬きをしてから、視線を逸らす。
「だがもし。もし今でなくてはいけない用事があるというのなら馬車を出させるが」
どこかを見つめながら、ディートリッヒ様はそんな提案をしてくれる。
だがどこに私用で仕える家の馬車を出してもらうメイドがいるんだ。それこそ家族が危篤だとか、相当な急ぎの用事でも発生しない限りありえない。
これは遠回しに夜中に一人で出かけることの品性のなさを咎められているのだろう。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。ですが急ぎの用事ではありませんので……」
謝罪の意味を込めて再び腰を曲げる。
そんな私に「そうか」とだけ残して、我が主様は今度こそこの場を後にするのだった。
「はぁ……」
食事を済ませ、その流れでお茶会パートに突入する。
どうやらディートリッヒ様が頼んでおいてくれたらしい。
その後はディートリッヒ様への愚痴を聞かされることとなったのだが――結局、なぜ彼はあんなにデザインを取り上げようとしたのかはなぞのまま。
マリー様も取られてなるものか、って仕方なしに引き出しの中にしまい込んでしまった。
どうやら二人はディートリッヒ様があんなにヤケになる(二人から見た様子であり、私には怒っているようにしか見えなかった)理由がわかっているらしい。
だからこその愚痴なのだが、核心を避けているのだろうかと考えてしまうほどに、その理由は明らかにされることはなかった。
今日の分の仕事を終え、私の迎えもとい回収にやってきたディートリッヒ様と一緒に馬車に乗り込む。
仕事はもう終わったのだろうか、なんてメイド風情が聞くことも出来ず、想像よりもうんと早い帰りの主と再び向かい合わせに座る。
行きと違うのは、馬車が走り出すとすぐにディートリッヒ様が口を開いたことだろう。
「私が去った後、デザインを見せられることはなかったか?」
話題はやはりあのデザインの話だ。
けれど今回の言い方には少しだけ違和感を覚える。
ディートリッヒ様は昼間、二人に『広げないように』と注意をしていた。
けれど今は『見せられなかった』かどうかを心配されている。
もしかしてあそこまで怒っていたのは、結婚適齢期を過ぎても未婚で、かつ婚約者どころか恋人もいない、枯れ果てた私の心配をしてくれたのだろうか。
優しさというか、哀れみという意味で。
そうよね。
ディートリッヒ様から見れば私も、田舎からわざわざ結婚相手を探しにきた令嬢とさして変わらないのだろう。
いくらシスコンを拗らせてやってきたという背景を知っているにしても、恋人が一人くらい居てもいいのでは? なんて思われている可能性もなきにしもあらず……。
こんなんだから王子にいい人いないのか~なんて言われちゃうのかな。
年が近いからこそ、余計に哀れに見えたのかもしれない。
けれど人のウェディングドレスを見せられてへこむようなメンタルは持ち合わせていないのだ。
そんなものがあったらお姉様のためとはいえ、休日にウェディングドレスを見て回っていない。
シンドラー王子もマリー様も、そんな私の図太い精神事情を理解しているからこそ、相談してくれたのだろう。
「ええ。引き出しの中に大事にしまい込んでいらっしゃいましたよ」
けれどディートリッヒ様のお気持ちを無碍にすることは出来ない。
だから私は鍛え上げたお仕事スマイルでそう答えるだけ。
何か言いたげに視線を動かすディートリッヒ様。けれど結局「そうか」とだけ告げて再び口を一文字に閉じるのだった。
ガタゴトと揺れる馬車から明かりが流れ込んでくる。
王都の街灯と店から放たれるものだ。
都というだけあって、ライト一つとっても決して下品だと感じるものはなく、華美でありながら上品な柔らかなライトは心地のいいものだった。
横目でチラッとだけ外を見て、お目当ての店が営業中であることを確認し、再び視線を固定する。
一旦、お屋敷に戻ってから小走りで向かえば間に合うな。
屋敷についたらディートリッヒ様を見送って、真っ先にキッチンへと向かう。ルターさんに今日のまかないは不要であることを告げて、ベルモットさんに外出する旨を伝える。
その後、部屋に向かってお財布を確保。屋敷を出て、少し離れたところからダッシュだ。買い物を終えたら近くの食堂兼酒場で適当に食事を済ませることにして……。
脳内で何度もルートを確認しながら、私はゆらゆらと馬車に揺られた。
そして屋敷に着いた私はそれを実行に移そうとして――ディートリッヒ様に見つかってしまった。
お財布を確保するところまでは上手くいったのだが、夜遅くに抜け出そうとする私を「危ない」という理由で阻止しようとするのだ。
「明日以降は王子達も忙しくなる。だからアイヴィーには明日は休みを与えるつもりだ。用事があるなら明日にしたらどうだ? わざわざこんな時間に出る必要はないだろう」
明日から忙しくなるのか。
「え、お休みなら昨日いただきましたよ?」
「それは一昨日の休みを邪魔した迷惑料代わりだ。だから明日は気にせず休みなさい」
「かしこまりました」
明日一日あればしっかりと選べるし、オーダーメイドの採寸だって出来る。余った時間で新ジャンルのスイーツに手を出してみるのもいいかもしれない。
唐突に沸いた休日に心を踊らせながら、深くお辞儀をする。ディートリッヒ様が去ったのを確認したら、まずはキッチンに向かわねば。
まだ伝えてから少ししか経っていないから、事情を伝えれば作ってくれるはず!
今日のご飯って何かしら? なんて考えながら、腰を下げたまま固定しているのだが、なかなか目の前から気配がなくなることはない。
城でメイド長にしっかりと仕込まれているから、この状態で一時間停止するのは余裕だ。けれど注がれる視線が痛い。
会話って終わったよね?
流れ的に見守る体勢に入った私の選択は正しかったはずだ。
なのになんなんだこの状況……。
「どうかなさいましたか?」
我慢できずに頭を上げて、私の頭をじいっと見つめていただろうディートリッヒ様におずおずと尋ねる。
私と視線が交わった彼はパチパチと瞬きをしてから、視線を逸らす。
「だがもし。もし今でなくてはいけない用事があるというのなら馬車を出させるが」
どこかを見つめながら、ディートリッヒ様はそんな提案をしてくれる。
だがどこに私用で仕える家の馬車を出してもらうメイドがいるんだ。それこそ家族が危篤だとか、相当な急ぎの用事でも発生しない限りありえない。
これは遠回しに夜中に一人で出かけることの品性のなさを咎められているのだろう。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。ですが急ぎの用事ではありませんので……」
謝罪の意味を込めて再び腰を曲げる。
そんな私に「そうか」とだけ残して、我が主様は今度こそこの場を後にするのだった。