それから数日後。颯さんはじめ、家族全員で警戒しつつも普段の生活をしていた。
今日は結芽と一緒に近くのスーパーへ買い物に来ている。

「明日香。颯さんと一緒に居なくていいの?!狙われている時にお互い不安じゃない?!」

「うん。でも、ずっと緊張していると疲れるし、少しだけリラックスしたいから。それに、此処は家から車で2分と近いし、何か異変があってもすぐに帰ることができるからね。」

「今朝、紬が言ったことが引っかかるね。まあ、青蓮さんもお義父さんもいるし、颯さんは強いから簡単にはやられないし、大丈夫だとは思うけど・・。」
「うん。」

結芽の子供である紬ちゃんは昨夜予知夢を見たという。その夢の内容が不吉なものだった。
「真っ黒くて巨大な化け物が叔父さんを飲み込んでどこかに連れ去り閉じ込められて、家族と二度と会えない。」と言ったのだ。

「そんなことになったら、私も子供達も正気じゃなくなる。どんなことをしても絶対守らないと。」
「そうだね。取り敢えず早く買い物を終わらせて帰ろう。」

そんな会話をしつつ、カートに乗せたカゴに手早く食材を入れて会計をして、買った物を車へ乗せて結芽は運転席へ、明日香が助手席へ乗ろうとした時だった。「あの・・・」と、隣の軽自動車から声を掛けられ振り向くと40代くらいの男性が乗っていた。顔立ちはごく普通で何処にでもいる感じの人だ。

明日香は不思議に思いながらも「何か御用ですか?!」と聞き返した。
「突然すみません。帰ろうと思ったら、ライトをつけっ放しにいたらしくて、買い物をしている間にバッテリーが上がってしまったみたいなんです。すみませんが、バッテリー繋いでいただけませんか?作業は僕がしますから。僕の不注意ですみません。」と言ってきた。

私達は一刻も早く帰りたいと思っていたが、困っている人を見捨てる訳にもいかない。
結芽とアイコンタクトをしてから「分かりました。」と返事を返し、ボンネットを開けた。

男性はほっとした表情で「本当に有難うございます。」と言って、自分の車からブースターケーブルを持ってきて私達の車に繋いだ。そしてエンジンを始動して暫くそのままの状態で、少しの間男性と世間話をした。

「僕は今まで都会に居たんですが、仕事の都合でこちらに引っ越してきたんです。誰も知らない所で、頼る相手もいないので助かりました。」
「困っている時はお互い様です。」

「ありがとうございます。お礼はさせて下さい。良かったら連絡先を教えて頂けませんか?」
「いえ、大した事はしていませんので気にしないで下さい。」

「そうですか。では、せめてこれを受け取ってください。」そう言ってスーパーの袋から何やら取り出して目の前に差し出した。それは有名な国産ブランド牛肉の入ったすき焼き用の大型のパックが2つだった。ブランド物で値段も張る。

「こんなもので何ですが、お礼です。」
「!。いくら何でもこんな高級なものは頂けません。」私は慌てふためいて断った。結芽も申し訳ないと断った。だが男性はニコニコして、

「いえ、本当に助かったので、ほんの気持です。牛肉は嫌いですか?!」
「「大好きです!」」私と結芽は声を揃えて言った。

「良かった。私も好きなのでこんなに買ってしまったんですが、一人ではこんなに食べられないので、是非貰ってください。」

「本当に良いんですか?!」
「はい。こちらこそ本当に助かりましたから遠慮しないでください。」

「では,頂きます。ありがとうございます。」そう言って、明日香は受け取った。
そんな話をしていたら、丁度バッテリーも良い感じになったようだ。

「有難うございました。」
「では、私達はこれで。」そう言い、私達は帰路に就いたが、男性が不敵な笑みを浮かべていた事には気付かなかった。